浅田次郎 「壬生義士伝」
死にざまの美学
「戦にて死ぬことこそがあっぱれ武士の誉れじゃなどと、いってえどこの誰がそんたな馬鹿なことを言い始めたのでござんすか。わしはわしなりに、四書五経ば修めてしみじみ思うた。孔子様はそんたなこと、ひとっこともおっしゃられてはおられね。君に忠、親に孝とは申されても、忠孝のために死せよとは申されてね」
2002/12/24

本を読んで涙を流すことはよくあるんです。通勤途上、喫茶店の中、我が家の居間、ところ構わずの体でお恥ずかしい次第です。浅田次郎の短編集「鉄道員」にもいくつか涙腺を刺激する作品がありましたが、「壬生義士伝」この長編はまた別格ですね。
涙で心が洗われるというのはこんな感情の昂ぶりを覚えたときにあるのでしょう。
文武ともに優れながら、裏切り者の汚名と家族を残し、南部藩を脱藩、新撰組隊士となった最下層武士。鳥羽伏見の戦から満身創痍で敗走、かつて仕えた藩の蔵屋敷で、文字通り地べたにはいつくばって命乞いに及ぶ。しかし、南部藩はいまだ朝廷か幕府かの旗幟を明らかにしていない。無二の親友であった差配役は冷酷に切腹を命じる。物語はここから始まる。
一言で言えば、死に際、大往生のための男の美学を徹底的に追及した物語。死にざまの美学は詰まるところ生きざまの美学と同義語であろう。人は何のために生きるか、死ぬかと。
「義、信義、忠義、武士道、男の道、任侠道、忠孝、至誠、情愛、」……これらの概念に何となく郷愁を覚える感性がまだ残っていますか。アメリカ流の文化・価値観が蔓延する今日的状況への焦燥感、ありますよね。八方ふさがり、生きることに疲れ、自殺でもしようかと考える自己喪失。他人を殺めたいという危険な自己主張。思い切って転職を考えている働き盛り。夫婦の絆が細ってきた中高年の貴方。明日は今日の延長上にないと実感し、ならばどうするか立ちすくむ時。お薦めします。
00/8/27

正月2日に12チャンネルが12時間ドラマを放映する。おせち料理をつつきうとうとしながらわかりやすい時代劇を楽しむにもってこいの番組であるが今回は「壬生義士伝」がドラマ化された。新撰組を扱った映画、テレビドラマは久しく途絶えている。そういえば大島渚がへんちくりんな映画を作ったがあれは新撰組を誤解させるし、つまらない作品であった。
「わしが立ち向かったのは、人のふむべき道を不実となす、大いなる不実に対してでござんした。わしらを賊と決めたすべての方々に物申す。勤王も佐幕も、士道も忠君も、そんたなつまらぬことはどうでもよい。石を割って咲さかんとする花を、なにゆえ仇となさるのか。北風に向かって咲かんとする花を、なにゆえ不実ともうさるるのか。それとも己らは、貧と賤とを悪と呼ばわるか。富と貴とを、善なりと唱えなさるか。ならば、わしは矜り高き貧と賤とのために戦い申す」
「武士道も任侠道も、男の道てえことにかわりはねえんだから、そのあたりの理屈はよく分かってるつもりだ。男の道は義の道でござんす。要は、天朝様への忠義の道をとるか、会津様との信義の道を守るかてえことだった。だから忠義を選んだ秋田の佐竹様が憎かったわけじゃぁねえ。私らは薩長の虫がついた天朝様より、見たまんまで何の嘘もねえ会津様との信義を重んじただけでござんす」
「考えてもみろよ、旦那。西洋の文明に魂まで奪われたんじゃ、御一新どころか日本ってえ国が消えてなくなるじゃねえか。」
この語り口のカッコよさにオヤジ族はしびれるのだけれど、ドラマは小説をこえられるかな?
2001/12/25

この正月には映画が公開されます。試写会を見た方に聞いたところ、竜馬暗殺シーンや、五稜郭の戦いは省かれているということ。

浅田次郎「天切り松 闇がたり」

懐かしくなるのは  
いやぁ最近の三面記事、週刊誌、テレヴィのニュースショウをみまするとひどい事件が目に余り歳も程々に重ねた者としては時代遅れのグチも出ようというモノです。なにかこう「人の道」というものがどこかにいっちまったと心底薄ら寒いひどい時代に落ちこんじまいました。か弱いものには残酷な仕打ち、しつけとか孝行という当たり前のことももなくなっちまったんでしょうかねぇ。高倉の健さんや緋牡丹の姐さんの「任侠」、強きをくじく座頭市のあの「啖呵」、懐かしくなるのはアナクロニズムとか冷笑の的になるのが関の山。そんな思いで読みましたのが浅田次郎の「天切り松闇がたり第二巻」
典型的なきょうびの若ェ衆へ伝説の大泥棒が男の生き方・根性を大見得切って開帳するという、まるで浪花節か講談かその真打ちの名人が座席をウッとうならせる名調子、時には目頭が熱くなるのもむべなるかな。
若い衆の目の前で聞かせてあげたい気になるが何にも分かっちゃくれないんでしょうねぇ。
00/02/11

「天切り松闇がたり第三巻」まってましたと飛びついたもんだ。
天切り松こと村田松蔵、かれこれ七十年をかぞえる盗っ人が、向こう六尺にしか届かぬ闇がたりで、語るは義理と人情と任侠の世界。読むたびに、こうなにか、こちとらも胸のつかえがおりるようなセリフの意気の良さ、これでもかこれでもかと男の涙を誘う名調子。人の世てえのは愛だ恋だ友情だはたまた家族のふれあいとゲマインシャフトばっかしじゃござんせん。欲得ずくがハバきかすそんな世間でありますが、心眼を開いてみなせぇ。ひとたび上下が定まったとたん目にみえぬ盃を交わすもんでござんす。、会社勤めのサラリーマンにせぇ、信義の盃を一人一人がしっかり懐に抱いてるんじゃござんせんか。リストラの冷気はつのるが仲間のまなざしはますます熱い。まだまだ平成の世もすてたぁもんじゃねえってことよ。
2002/03/21

鮎川哲也『黒いトランク』
これが「本格」推理小説だ。
「これぞ本格推理」「本格の金字塔!純度100%のトリック」「読み継がれるべき不朽の名作!」とかねて本格ファンより復刊が期待されていた作品が出版された。
2002/02/10

1956年、鮎川哲也の実質的デビュー作である。キャッチフレーズが語るとおり「戦後の本格推理小説の代表作」とされています。
謎を論理によって解明する小説が推理小説でさらに「本格」推理小説と絞り込むとすれば
謎が現実的であること、頭脳的な探偵役が登場すること、解決に必要な手がかりがすべてオープンにされていることが加わることになるのかな。
読んでみてたしかにその綿密な論理構成を楽しむことができる、戦後の日本本格推理小説の代表作といわれる価値がありました。
この「名作」が、松本清張の『点と線』よりわずかではあるが先行して発表された作品で、しかも同様に実際の時刻表を駆使する、福岡・東京間のアリバイトリックであるのにもかかわらず、その当時、清張作品が爆発的に読者層を掴んだことに比較し、この作品がさほど大衆の関心を集めなかったのはなぜであろうか。ミステリーファンの要請が強かったにもかかわらず長い間復刊されなかったのはなぜなのだろうか。
事件の背景となった時代が異なるという点があるかもしれないとも思うのです。『黒いトランク』の事件は1949年とされています。まだ 敗戦を受けとめることができない全体主義思想の残滓が強い影響力をもっている、そんな時代背景のようです。また麻薬の密貿易が広範囲で行われていたようです。しかし仮に私が1956年にこの小説を読んだときにこうした時代背景をリアルに感じたか疑問です。1956年は「もはや戦後ではな」く高度成長への胎動が始まっているときです。むしろ『点と線』を読んで事件の背景である官民癒着の腐敗構造に現実感を覚えたものでした。
今この作品を読んで謎解き、パズル解きの原点にある価値を改めて感じます。本格ものの面白さです。この論理の完璧性は『点と線』を超えたところにあります。いっぽう、本格ものが現実の迫真性を描くことの難しさも感じるのです。
昨年秋に江戸川乱歩が横溝正史宛に送った書簡が発見され、そこにはこんな一文があった。「探偵小説の興味の大半は犯人の意外性にかかっている。併し種がわかってしまってから再読して………いっそう感心させられるやうな作でなくては傑作とはいえない」