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荒山徹 『朝鮮出兵異聞・高麗秘帖』 李舜臣将軍を暗殺せよ
この伝奇時代小説は「伝奇小説にある奇想天外」の面白さはほどほどでありますが「時代小説にある事実性」への好奇心をおおいに満足させてくれます。
2005/07/02 |
北朝鮮に拉致されていた蓮池薫さんが翻訳した金薫『弧将』がベストセラーになっている。弧将とは救国の英雄・李舜臣(イスンシン)。朝鮮の人が反日感情を抱く根っこには「歴史認識の差」があるといわれる。それは明治以降の戦争史のことだけではないはずである。古代史における大陸との交流については教科書的知識がいくらかはある。しかし、16世紀・戦国時代の二国間の史実といえば子どものころ加藤清正の虎退治の絵本程度で詳しくない。『弧将』には興味を覚えた。
だが、同じ李舜臣を扱った小説なら歴史小説よりは伝奇時代小説・荒山徹のエンターテインメントが私の好みだ。著者は韓国留学の経歴があって、朝鮮半島の歴史、文化に造詣が深い。本書は著者のデビュー作である。
文禄元年(1592)、太閤秀吉は20万の大軍を朝鮮出兵させ首都漢城(ソウル)、平壌(ピョンヤン)を占領した。が、朝鮮水軍を率いるたった一人の将軍によって撤退を余儀なくされた。その名は李舜臣。五年後、雪辱に燃えて再出兵した藤堂高虎は、舜臣を暗殺すべく忍びの者を派遣。一方、無益な戦を憎む小西行長は舜臣を救うべく使者を送った。日朝の愛憎を超える迫真の人間ドラマ。
文禄・慶長の役、豊臣秀吉が1592〜98年(文禄1〜慶長3)に2度にわたって企てた朝鮮に対する侵略戦争。朝鮮側では(壬辰・丁酉倭乱)または(壬辰倭乱)とよぶ。
物語はこの慶長の役を中心にした日本軍の作戦行動を詳述しつつ、忍び同士の奇怪な妖術の競い合い、李舜臣水軍の母艦、亀甲船に対する女忍者群の破壊工作などいくつかの見せ場を用意している。そして珍島沖を埋め尽くす200隻の日本戦船。すでに全滅に近い朝鮮水軍に残されたのは13隻のみ、弧将・李舜臣の機略とは。ラストの海戦に最大の山場があった。
「伝奇」本来の怪異,不可思議な超自然現象の荒唐無稽な面白さを期待すると著者の極めつけ『魔岩伝説』『十兵衛両断』にはとうていかなわない。いくつもの文献を丹念に検証した成果が披露されていて、特に全域にわたる日本軍の作戦行動、李舜臣の逃避行は、小説というより研究書とでも言えるほどその記述は資料に基づいてなされている。また、当時の朝鮮全図、海戦が行われたあたりの沿海図がついているため、これを見比べながら読んでいるとまるで「勉強をしている」気分になって女忍者のセックス忍法にも興がわかなくなってしまう。
ついでながらと、百科事典をひもといて「李舜臣」を見る。
平凡社世界大百科事典によると
李舜臣 1545〜98
りしゅんしん(R)I Sun-sin
朝鮮,李朝の名将。1576年武科に合格し,柳成竜の推挙で91年2月全羅左道水軍節度使となる。壬辰倭乱(文禄の役)に際し、亀甲船をつくり、当時、斬り込みを中心とする接舷戦法が基本となっていた海戦で火砲戦法を用い、構造的に竜骨を用いず船体の弱い日本海軍に閑山島沖などで連勝した。その功により93年8月、三道(慶尚・全羅・忠清)水軍統制使に任ぜられたが、97年1月、慶尚右道水軍節度使元均らの中傷により無実の罪で捕らえられる。丁酉倭乱(慶長の役)の勃発で97年7月、再び統制使に任ぜられ,珍島沖の潮流を利用した海戦などで活躍するが、98年11月、露梁海戦で銃弾にたおれ戦死した(文禄・慶長の役)。李舜臣は朝鮮の救国英雄とされ,釜山やソウルには銅像がある。遺稿集に<忠武公全書>。矢沢 康祐
この説明どおりにストーリーが組み立てられていた。つまり歴史の通説には忠実である。しかし、ロマンという観点からは李舜臣自体もそうだが登場人物の個性が型どおりで「人間ドラマ」も類型的であり、文章も生硬さを免れない。
ただ、日本が朝鮮を侵略した一つの史実、日本軍を撤退に追い込んだ男を英雄として語り継ぐ国民性はこんなところにもあったんだといまさらながら気づかされた。
歴史認識のへだたりが国民感情の軋轢をまねく今、読んでおいてもいい本だと思う。
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笹本稜平 『極点飛行』
期待はずれの「冒険小説巨編」
このところ日本人作家による冒険小説の傑作にお目にかからない。外国もので最近のことでは、ラドラムの『メービウスの環』が楽しめたものだから、待望していたこともあって笹本稜平の最新作を早速読んだ。エベレストを舞台にした著者の『天空への回廊』の面白さに忘れがたいものがあったからだ。
2005/07/16 |
舞台は南極である。知らなかったことだが南極には裕福な観光客が登山やスキー、物見遊山に訪れるリーゾトゾーンもあるのだそうだ。桐村彬はそのような人間たちのためにチリ最南端の町・ブンタアレナスと南極にある観光基地を飛び回る航空輸送のパイロットである。ブリザードを突いて氷河や氷床、雪原に離着陸する。不時着でもすれば寒気と強風下で生存の可能性はない。愛機ツインオッターのDHC−6を翔けるそのパイロットの腕を買ったのがチリ国籍の日系人、チリ有数の富豪である「アイスマン」。彼は観測活動の名目で基地を設け、実は氷床下の岩床をボーリングして含有物の調査を行っている。
欲望と裏切りが交錯し、封印された歴史の闇が明らかにされたとき日本人パイロット桐村彬は、勇気と誇りを胸に厳寒の南極を翔る。
厳寒の南極 封印された黄金伝説。死闘の果ての勝者は誰だ。痛快無類、息もつかせぬ超一級の航空冒険ロマン
世界制覇の謀略を巡らす謎の組織が登場し、アイスマンの姪・ナオミを誘拐し「封印された黄金伝説」の秘密を握るアイスマンを脅迫する。ナオミに心を寄せる彬は大いなる陰謀に巻き込まれて、死闘を展開する。
南極に特有の過酷な気象状況における操縦テクニック、さらには空中銃撃戦などパイロットとしての主人公の行動描写はなかなかの迫力である。
しかし期待は外れた。
ストーリーの背景にはナチスのユダヤ人迫害、迫害されたユダヤ人の過酷な運命、戦後、南米諸国の軍事政権の裏舞台にあるナチス残党とアメリカCIAの陰謀、そのあやの中でしたたかに成功をおさめた日本人実業家、南極地の地質学上の新説、など盛りだくさんの道具立てがあり、これに愛する女性のためには命がけの戦いを挑む男の心意気が加わる。
ところが 私にはわき道であるこれらの道具立ての説明が贅肉となって見苦しく、退屈で途中何度か読むことをやめようと思ったほどだ。
謎また謎、すなわち解決したところで新たな大きな謎が提示される。危機また危機、強大な敵を倒したところでさらにパワーアップした敵が待ち受ける。アクション、アクション、畳み込むように緊張の場面が用意されている。こうであればナチス残党による帝国復活の陰謀やCIAのクーデター支援工作など多少は使い古された構図をもちいても差し支えない、また類型的な恋愛ドラマが紛れ込んでいても目をつぶることができるのだが。ところがジェットコースターになるべきストーリーなのだから、やれヒューマニズムや反権力の力学が詳述されるとそれは余計ものでしかないため全体の調和が取れない。
つまり中だるみが酷すぎる。
そうなると、優秀であってもパイロットに過ぎない者が戦場で使用される重火器類をなぜこうもたやすく使いこなせるのだろうかとか、戦闘のシロウトが悪人への報復とはいえ、よくためらいもなく大量殺戮ができるものだといいたくもない欠点をあげつらうハメになる。
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恩田陸 『ユージニア』
恩田陸の作品を読むのはこれが初めてです。推理小説を読むつもりでした。売れっ子作家のしかも直木賞候補となった作品ですからいろいろと期待したくなります。
十七人毒殺という無差別大量殺戮事件です。本文でも比較のため帝銀事件を例に挙げているところがあります。帝銀事件の謎の一つはいっぺんに大勢の人に毒を飲ませるテクニックが素人離れしているところでした。もちろん青酸化合物の入手経路も問題になりました。その記憶から私はこの問題についてどのような独創的工夫があるのかなと興味を持ったわけです。
また何人もの事件関係者が登場しそれぞれの立場を述べることでストーリーは構成されています。宮部みゆきに『理由』がありますがこの手法で戦後の庶民生活にスポットにあてた戦後史ともいえる傑作でした。その思いがあって『ユージニア』にも共通したものがあるのだろうと期待しました。
事実を登場人物の主観で多面的に表現する方法、しかも「作中作」という技法を使っているのですから、叙述にトリックありのパズル型本格推理小説だとミステリー愛好家なら気づかぬはずはありません。どこに作者の仕掛けがあるかと丹念に読み、ラストのどんでん返しで騙される楽しさを味わおうと読み進めたわけです。
2005/07/18
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恩田陸の作風とはこの作品に代表されるものなのでしょうか。私のこれらの期待は全部外されました。ミステリーとしては欠陥商品だなというのが率直なところです。
それと被害者にしろ加害者にしろ、あるいは周辺の人々を含め、全員が社会の構成員として生活していることの現実感が全くないのです。これも恩田陸の作風なのでしょうか。オヤジ族が読む小説ではなさそうな気がしました。
しゃくに障りましたから、叙述に巧妙なトリックがあったのかなかったのかを確認するためにもう一度読み返してみました。すると何人もの登場人物の語りにはギクリとさせられる共通したものがあって、トリックの巧拙や縦軸である大量殺人事件の真犯人探しとは直接関わりがないのですが、全体を引き締め、読むものをとらえていることに気づかされます。つまり視点を変えて見つめますと、今の社会に密かに蔓延しつつある薄気味悪い状況について無理な解釈を加えず、きわめて率直に感覚的に核心をついていることがわかります。
なぜあの容疑者は人殺しをしたのだろうか。なぜあの人は自殺をしなければならなかったのだろうか。なぜ携帯電話だけでいとも簡単に心中ができるのだろうか。不可解としか言いようのないゾッとする事件が毎日のように起こっています。欲望か嫉妬か怨恨かと殺人の動機を解釈したくなりますが一筋縄ではいかない事件が多すぎます。自殺や心中にしてもこれまでの「理由」の多く、耐えられない生活苦とか愛の到達への絶望とか、哲学的死などという解釈ではとらえようがありません。われわれの知っているあるいは予想する「生活の現実感」とは無縁なところで彼らは死を実行している。それがこのところの現実なのでしょう。
何か理不尽なことが起きた時、人々は皆、理由を求めるのだ
しかしそれはフィクションであっても説明しようがない。恩田はこの不気味な状況をそのまま描いたのではないでしょうか。
恩田は一つだけ受けとめようによってはかなり冒険的な示唆をしているようです。それは宗教にかかわることです。「神の啓示」、「悪魔の誘惑」。私には信仰心はありません。神と悪魔は表裏にあると考えていますから恩田の示唆を壮大な仕掛けだとして歓迎します。
○○○は何かをしなければならなかった。何か大きな、重要なことを成し遂げなければならなかった。仕方がなかったのだ。あの事件が起きなければ、もっと違う、もっと大きな何かが起きていただろうから
恩田は単に日常化した不可解事件だけではなくオーム真理教の無差別大量殺人を、さらには地球規模で拡散しているキリスト教対イスラム教の宗教戦争あるいはテロまでも含めた巨大な恐怖、得体の知れない不安の共通性を言いたいのではないでしょうか。
○○は幼い日、このブランコの上で誰かと取引をしたのだ。誰かが、ブランコを漕いでいる○○に、おまえの何かと引き換えに世界をやるがどうだい、と○○に話しかけたのだ
そして○○は取引に合意し、次の瞬間自らの手を放したのだ
恩田の念頭には「マタイの福音書」があったのだろうと推定します。
そこには
さらにサタンは、イエスを全世界が見渡せる高い山の神殿に連れて行き、地上の栄耀栄華を見せて、もしおまえが私にひれ伏すならこれをすべておまえに与えよう
とあります。
この作品はむしろオカルトホラーに近いものではないでしょうか。
2005/07/25
この小説はあのラストでふれられた母娘の関係があまりにぼんやりしていることでフラストレーションを発散できないままに読み終えることになります。丸窓の狭い部屋は母が神に祈るための密室なのですが、娘を引き込んで娘の精神を恐怖で狂わせるなにかがあったことを暗示しています。
具体的になにが行われたのかは説明がありません。私はスティーヴン・キングの初期の作品で映画化されヒットした『キャリー』に状況の類似性を感じました。主人公キャリーの母親は狂信的なクリスチャンです。特に性的なものを病的にタブー視する不気味な存在で、女へと成長しつつあるキャリーにその証を見て、祭壇の前に引きずり神の許しを請うよう強制するシーンがありました。この生活環境でキャリーの精神は歪められつつ、やがて悪魔的超能力を暴発させるラストの大量殺戮へとつながっていきます。
次世紀ファーム研究所事件。つい最近も糖尿病の少女を放置して死に追いやった新興宗教・インチキ薬売りが得体の知れない恐怖を世間に広げていますが、宗教に関わる禍々しい力を現実に見るような気がします
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