真保裕一 『繋がれた明日』
東野圭吾『手紙』と並ぶもう一つの現代版「罪と罰」
2003/06/01

加害者あるいはその家族の「償い」のありかたを被害者の家族の「憎しみ」とぶつけて問うというテーマで二人のベストセラー作家の作品が同時期に競いある形で発表になっているのは興味深いことである。

19歳の青年。金はなくともどうにかなると、遊ぶことしか考えない。母親にたかれば少しは引き出せる。学生でもなく、正業もない。バイト代はキャッシングの返済に消える。飲み明かし、女を抱き、チャラチャラした身なりをして虚勢を張って、街を流して誰かが肩に当たろうものなら、因縁をつける。ヤクザになる度胸はなく、そのつかいはしり程度で、弱さを見せたくないから、ポケットにはナイフを持ち歩いている。
昔風にはこの手合いは「チンピラ」と言ったものだ。「町のダニ」と白い目でみられた連中である。似たものの若者を相手に「俺の女に手を出した」と喧嘩を売り、逆に殴り倒され、カッとして持参のナイフで刺殺する。懲役刑の判決、これは当然であろう。服役中も自分の罪の重さよりも、自分にとって不利になった目撃者の証言を恨む始末である。彼が仮釈放となって社会復帰する。人格者の保護司、理解者である職場の社長らの支援で立ち直ろうとするが、相変わらずツッパリ根性が抜けない。

帯には「この男は人殺しです。仮釈放となった中道隆太を待ち受けていた悪意に満ちた中傷ビラ。いったい誰がなんの目的で?孤独な犯人探しをはじめた隆太の前に立ちはだかる“障壁”とは?」とある。
このコピーのとおり、彼がいくつかの障壁につぶされそうになりながら、最後に自分の犯した罪の重さにようやく気がつき精神の救済が得られるプロセスを青年の内心の葛藤を中心にして描いている。性悪のチンピラが「真人間に立ち返る」まずまずの出来ばえの人情噺である。ただし、この“障壁”は彼の独りよがりな内面の問題であって、東野圭吾『手紙』のような社会的視点はなく、私の年代のせいかもしれないが、主人公の人物像が、読み手の共感をえるにはほど遠いところにあるのが気になります。


真保裕一  「黄金の島」
ベトナム最下層の若者群像。現状打破へのふてぶてしさ
2001/08/02

真保裕一の作品、あの大型冒険サスペンス「ホワイトアウト」「奪取」並の迫力、ストーリー展開の楽しさで夏の暑さを吹き飛ばそうと期待していると肩透かしを食らわされることになる。「黄金の島」、悲惨を極めるどん底生活にあって、ただ一つ「生きること」への貪欲なまでの渇望を描く力作である。

「このままじゃ、遅かれ早かれ、マイも体を売るようになる。もうたくさんなんだよ。大事な人が体を売るなんて、そうしないと幸せが手に入らない生活なんて。このまま外国人を羨み、何もしてくれない国を恨み、ただ歳をとっていくなんて、まっぴらだ」
腐敗した政治権力機構に収奪される底辺の人々。これがベトナムの実相なのかと首を傾げたくなるところも多いが、この運命に対する彼らの焦燥、慟哭、憤怒の詳述は強烈なインパクトを読むものに与える。
そして、「幸せをつかむにはお金がほしい。俺たちは日本へ行く。それで仲間の何人が死んだっていいじゃないか」伝説の黄金の島、日本、どこにあるのかさえ知らない若者たちの群れ、失うものはないもない彼らの短絡的なエネルギーの暴走、これをを作者は是認する。

今期の直木賞の候補作だったそうだが、背景は昨年の船戸与一「虹の谷の五月」に似ている。
ところで、組幹部のオンナに夢中になった結果、この幹部に狙われ、ベトナムに逃げ込んだヤクザのなりそこないが登場する。この主人公が少年たちの行動を命がけで支援することになるのだが、少年たちといい、彼をめぐる三人の女性の人物像があまりに際立っているため、惜しむらくはこの人物、いささか影が薄いのである。少年たちには堂々たる男ぶりを発揮するのだが、女性には完全に見くびられている。要はオトコではないのですね。どうしてなんでしょう。ここはカッコよくオトコであってほしかった。真保裕一ってよほどのフェミニストなのだ。さもなければ過去、女性に手ひどい処遇を受けたことがあるのかもしれないな。

真保裕一 『誘拐の果実』
壊れてしまったか真保裕一
2002/12/09


真保祐一『奪取』は偽造紙幣犯罪小説としてA級の作品であった。逆転移継ぐ逆転のストーリー展開、贋札工程のディテールは迫真性をさらに密にし、この緊張感ある大型犯罪小説を堪能した。。さすが、当時は目新しかった日本版冒険小説『ホワイトアウト』の作者であると感心したものだ。誘拐犯罪を扱ったミステリーには名作がいくつもあるが、『奪取』の作者であれば新鮮な切り口を見せてくれるに違いないと楽しみにしてこの2段組500ページの分厚い巨編を手にした。誘拐テーマではもう一つ、東野圭吾『ゲームの名は誘拐』が発売されていて、しかし本格大型犯罪小説ならまずは真保裕一であろうと判断しこれを先行した。

結論は、率直に言って駄作であった。水増し小説とはこういう作品をさすのだろう。
ストーリーと無縁な解説が多すぎる。警察を含め犯人を追う側の人物が複数登場するがそれぞれが色々な憶測を延々と述べ合って、しかも筋道と無関係に終わるのである。いわゆるミスディレクションを狙ったとすれば失敗であって上質なミステリーに特有の「騙される快感」には到底いたらないのである。犯行の手口・身代金受け渡しの方法であるが作者がそのアイデアにすっかり酩酊して「前例のない」とか「驚くべき発想と知性」とか手前みそで感心するのは許されるにしてもその「奸智に長けた犯行」がどうなるかはマナーとしてここでは述べないが、読者を愚弄した姿勢が見え隠れする。水増しであるからドンドン読み飛ばしてもわけがわからなくなることがない。世に速読法なる技術があるそうだが、こういう本にこそ最適な技であろう。それだけ緊張感がないのである。伏線というのはこれが伏線であるとは読者に気づかれないようにそっと挟み込まれているものなのだが、そのような奥ゆかしさはない。勘のいいミステリーファンなら序章を読んで事件の真の背景は想像できるほど謎の提起がお粗末である。さらに事件の動機が陳腐である。なお人物が描けていない。読みはじめて三分の一ぐらいでこれらのことに気がついた。

いいかえればテレビドラマの二時間番組ミステリーならこんなもので一向に構わないのだが、あの真保裕一の作品であるだけに許しがたいのである。


わからんもんだが週刊文春のランキングでは第2位だと!!
2002/12/18