ジャン・バーク 『骨』
緊張感がわいてこないサスペンス
2002/08/10

2000年度MWA最優秀長編賞受賞とあり、吉野仁氏が「役者、舞台、話し運びの三拍子そろった傑作」と激賞していたものだから読む気になったのだが、どちらかといえばかなり昔の映画ヘップバーンの「暗くなるまで待って」までさかのぼって比較していいような「旧い」感覚のサスペンスであった。

「連続殺人犯とともに遺体捜索隊に同行した女性記者ケリー。そこで彼女を待っていたものは身の毛のよだつ罠!捜査犬ピングルに助けられながら逃げ惑うケリー。だが、獲物を狙う殺人鬼の視線は彼女から離れない」と帯にあるキャッチフレーズにあらすじのすべてがある単純なお話であり、古くからあるサスペンスの定石を踏襲しただけのものです。私としてはそこで目新しい趣向があるものと期待して読むのでしたが、いっこうにそれが見えてこない。そのまま予想通りの結末を迎えてしまいますと、また評論家に騙されたとの思いだけになってしまいました。

なぜ面白くなかったと分析してみますと。
@異常者対女性の対立という構図があまりにも古い。それ以上の工夫がない。「トラウマ」というテーマも単に正面から取り上げても二年前はともかくもはや新鮮さは欠けます。

A最近のことだろうがこの手のお話にはスピード感、畳み込む連続の緊張シーン、強い刺激が必要不可欠の要素になってしまった。しかも下手な理屈は要らない。それがいまの流行なのですね。この作品はこんな意味でも流行おくれであります。「ボーン・コレクター」の敵ではないということです。

B読者は娯楽作品の場合、映画の印象と比較してしまいます。特に刺激的な要素の強いテーマであれば映像表現が進歩しているだけに映画に軍配が上がることが多くなっているような気がします。映像表現に対抗する内容が必要とされます。「プレデター」の敵ではないということです。
ミステリー評論家って映画を見ないのだろうか。


ジャン・クリストフ・グランジェ「クリムゾンリバー」
新た謎が待ち受ける?映画「クリムゾン・リバー」
2001/2/17

テレビコマーシャルで流れる、「クリムゾン・リバー」の予告編は「クリフハンガー」を彷彿させる手に汗握る山岳スリラーのようであり、そのうちビデオで見たいなぁと思っていました。たまたま雑誌に野村正昭氏(寡聞にして存じ上げないが)この映画の紹介をされている一文を拝見し、原作を買ってみる気になったものです。映像的にはかなりの傑作と思われます。
「フランス映画界の新世紀を代表する若手監督と衆目を集めるマチュー・カソヴィッツは、猟奇殺人を物語の軸にしながらも、数々の野心的な試みを投入して見ごたえのあるドラマに仕上げている。スリラー+ミステリー+ホラー+アクションと様々なジャンルに跨りつつも、それらが違和感を与えず不思議なスケールの広がりを感じさせてくれる」
と、高い評価をされています。そして最後に実に洒落た疑問を残されているのです。
「但し、すべての謎が解明されるラストには正直言って唖然とさせられた。今時テレビの『土曜ワイド劇場』でも、こんなラストでは没になるのではないか。同名の原作が、もともとそうなっているのだろうか。カソヴィッツともあろう才人がどうしてこんなラストシーンを受け入れたのか新たな謎は深まるばかりである」
「土曜ワイド劇場」には笑っちゃいましたね。映画は見ないまでもそれほどの原作、読んでみようと………。

死体の凄惨さを強調することに精一杯で、ラストに集約されるストーリーの拡散には現実的にも論理的にも無理筋が目に付く作品でした。
それはそうと、フランスにも横溝正史の世界があるんですねぇ。人里はなれた田舎町・村落を舞台に猟奇・陰惨・血の祟り、時を越えて深い恨みが今……と。これがフランスで40万部も売れたと聞くが、ディズニーワールドを嫌悪し、ハリウッド映画文化をかたくなに拒否してきたフランス大衆文化はどこへ行ってしまったのだろう。
裏帯にあるマガジンなんとかいう推薦文にも意味深い暗示があります。
「グランジェはこの作品でアングロ・サクソンだけが君臨していたミステリ界に足を踏み入れただけでなく、対等のライヴァルとして彼らの前に姿をあらわした」ですと。やはりグローバルスタンダードには勝てないか。

ジョン・コラピント 『著者略歴』
結末がさわやかなサスペンス
2002/05/12
事故死した友人の小説を盗作し一躍ベストセラー作家になった青年は死亡した友人の恋人まで我が物にする。名声と栄光の絶頂にたった彼の前に盗作の事実を知る女性の脅迫者が現れ、バラ色の未来は一転して崩れ始める。主人公は本質的には善人であるから、盗作行為も場当たり的なら脅迫者対策も出たとこ勝負の成り行き任せ、このためうまくいくこともあるが裏目に出ることもあり、このコミカルなてんやわんやが面白く、読者を引き込んでいく。
『太陽がいっぱい』『シンプルプラン』を想起させると訳者の解説があるが、趣はかなり異なる。アランドロンのかっこよい冷酷さはないし、シンプルプランの身内皆殺しの悲惨さもない。主要な脇役が脅迫者を含めて憎めないし、(脅迫者の女性はチャーミングですらある)なによりも後味よく、さわやかに結末を迎える。
それは重厚感にかけるがたまにはこんな軽いサスペンスもいいものだ。