オグ・マンディーノ 「十二番目の天使」
ネバー・ギブアップ! アメリカ!
2001/09/22

生きる望みを失ったの男の前に現れた一人の少年が彼の魂を救済する、少年の起こす奇跡に感動する物語。オグ・マンディーノ「十二番目の天使」である。ミステリーとは程遠いが、ただいまベストセラー。
今をときめく(今より少し前ですな)米国屈指のIT産業にその実績を買われ、トップとして迎えられた主人公は妻を愛し、彼女からは信頼され(おそらく美人でつつましやかな女性)、しかも賢い一人息子には敬愛されている。アメリカンドリームの実現である。生まれ故郷の町で挙げての歓迎パーティー、この喜びの絶頂において、なにものにもかえがたい妻子を事故で失う。オー、マイゴッド!

A・J・クィネルであれば、これがイスラム原理主義過激派による爆殺テロの犠牲であって、怒りを胸に巨大な悪の組織に敢然と立ち向かう孤独の復讐劇がスタートとするところであります。今のタイミングでは紹介を憚るが、なんといってもクリーシー・シリーズ「パーフェクト・キル」がいい。

ところが彼は生きる目的を失ったと、ピストル自殺をしようとします。「もったいないことを!」、この場面でこのように感じるのは僕の性根があまりにもさもしいからでしょうか。
所帯をもってこのかた、いちどぐらいは夫婦のあるべき姿を妻と語り合うのもいい。ここは「僕も彼と同じ事をするだろうな」とわが妻にじっくりと伝えてみよう。ありがとうと感謝される、それで、ウチにはピストルも劇薬もないけれど、どうします?バッファリンがどのくらいで効き目があるか調べておきますわなどと、とやさしいことを言ってくれるかな、いやぁそれはないな。「なにをトボケてるのアンタ、金持ちになってからにしてちょうだい」と一蹴されるのがオチだな。

しかし、アメリカ人は善意あふれる人たちがたくさんいるです。友人がやってきて、その失意の主人公に昔とった杵づか、リトルリーグの監督をやってみないかと暖かい手をさしのべるのです。振り返って、わが友人はなにをしてくれるかなと、ここでまた考える。畳替えもいいではないかと励ましてくれるだろう。しかし、わが悪友たちに共通なのだが、奥さんよりもなぜか自分のほうが先に逝ってしまう連中なんだ。
さらに感激するではないですか。社長職の責任は到底果たせないと辞任を表明する彼に、会社は「気分が落ち着くまでいくらでも休養をとりなさい。会社はあなたの復帰をいつまでも待っています。その間役員報酬も今のままです」いよぉ!太っ腹!!!!!わがニッポンでは考えられない。これだけ偉大な国と経済戦争をやるなんてそもそもの間違いがあったのだと確信しましたね。そこでまたまた思案にふけることになる。主人公はおそらく執行役員社長なのだろう、取締役会もかなりのリスクをとったことになる、株主代表訴訟にも勝てると判断したに違いない、株主さんも神様のような人たちで構成されているんだ。ところでマーケットはどう見ているんだろうか。
いろいろ考えさせられる、ためになる本である。

リトルリーグに所属する少年、十二番目の天使。この坊や、不治の病におかされている。今にも崩れそうな物置小屋、貧乏のどん底で美しい母とふたりでようやく生きている。ボールをキャッチできない、いまだヒットを打ったことのない坊やである。「絶対、絶対、あきらめるな」坊やは優勝をかけた試合で叫ぶ。これをチーム全員で相和す。「絶対、絶対あきらめるな!」球場全体にこれが響きわたる。坊やがバッターボックスに立つ………。
全米が泣いたといわれるこの小説、日本でも感涙を絞っているらしい。
で、僕は泣けたかって?こんな読み方をしていたら、涙する暇などあるわけがないでしょう。

目下のアメリカ、イスラムの悪魔との闘いで「God Bless America」の大合唱が津津浦浦でこだましている。


クライブ・カッスラー 「アトランティスを発見せよ」
同工異曲の面白さ
2001/12/04

クライブ・カッスラー「アトランティスを発見せよ」、国立海中海洋機関特殊任務責任者ダーク・ピットシリーズ第15冊目の最新作である。このシリーズ一言で言えば荒唐無稽の痛快大冒険活劇。映画で言えば007シリーズであります。007も飽きもせずに全部観ているしこれも同様で、シリーズもここまで続きますとまさに同工異曲であるのですが、ついつい読んでしまう魅力があって、娘から「いい年してをして………」と鼻であしらわれるシロモノとわかっていながら手が出ます。

古代国家アトランティスの遺跡から「地球最後の日」のメッセージを解読したナチスの残党、彼らはヒトラーの精子に遺伝操作をほどこし優秀な頭脳と肉体を備えた新人種を創造し、一大コンツェルンを形成、世界各国の政府、経済に強大な影響力をもつ。そして全人類を滅亡させた後におのれの帝国を築こうとする大陰謀を進めております。この強大な悪と敢然と立ち向かい、絶体絶命の危機を何度も乗り越え、明るく元気に破天荒な奇手、妙手でたたきのめすという楽しいお話であります。
シリーズが進みますと作者としては悪はますます強大に、陰謀はますます大仕掛けにしないといけませんから、これはシリーズものの宿命のようなものでやむをえないのだけれど、対抗する正義の側もやはり孤高のヒーローだけでは太刀打ちが困難になる。これが欠点でしょう。今回なんかはアメリカの軍隊・ミサイルまでも動員し秘密要塞を攻撃するはめになって、主人公の魅力が半減しています。

ナチの聖なる遺物としてキリスト磔刑で使われた聖槍を小道具に使っていますが、これは先日読んだ奥泉光「鳥類学者のファンタジア」でもロンギリウスの石として登場し、ナチスに珍重されていました。これ、世界的な流行なのかな。

しかし、かような活劇小説は作者のアイデアの枯渇よりも、現実世界において「悪のイスラムテロ集団対正義のアメリカ」の構図があまりにも生々しいところからやがて行き詰まるのではないかと懸念します。「痛快」ではすまない「阿鼻叫喚」が現実です。

シリーズのお勧めとして「QD弾頭を回収せよ」「タイタニックを引き揚げろ」「「死のサハラ砂漠を脱出せよ」があげられる。日本を悪者にした「ドラゴンセンターを破壊せよ」もありますが やはり日本を舞台にした007シリーズの「007は二度死ぬ」が締まりのない作品であったと同様のへんてこりんさがあります。
日本語タイトルを命令形で統一してあるのも大人の読み物としては興趣をそぐことになるのではないかな。

ともかく退屈な通勤のひと時を充実させてくれますね。

サラ・ウォーターズ 『半身』
読み終えてもう一度ページをめくり返してポイントになっていたと思われる箇所を読み返さざるを得ない。そんな気持ちになって結局、全ストーリーを読み直す誘惑にかられる。技巧と装飾にちりばめられたミステリーだからである。作者の緻密に企てた作為であることがわかっていながらその巧妙さに乗せられること自体がこの作品の魅力なのだ。
2003/12/16

時代は19世紀末。舞台はロンドンのミルバンク監獄。女囚は男囚と完全に隔離され看守もすべて女性、女だけの密室。抑圧された欲望が陰湿に満ちてサディスティックな狂気が支配する空間である。主要登場人物は獄舎にとらえられている女霊媒師と監獄を慰問に訪れる婚期を逸した精神病質者である上流貴族階級の貴婦人。二人の交情が妖しく燃え上がる。その行き着くところはと読み手が惹きつけられるのが基本の謎であり、同性すら性の虜にする実に官能的な霊媒師である娘が罪を問われた事件の真相が明らかになるまでがもう一つの基本の謎として構成されるている。それだけではなく謎は重層的に用意される。、ストーリーは二人の日記で交互に語られる主観の叙述であって客観的描写は最後までない。事実であるのか幻想・幻覚のたぐいであるのか、はたまた虚偽であるのかは読者として妄想をたくましくするしか理解しようがない仕掛けであって、(特に降霊術シーンは肝心な説明がないまま濃密な女同士の性的行為を連想させそれはそれで楽しい)、しかも作者の優れた文章力が活きて、全編これ、霧の立ちこめた風景を見ているような、曇りガラスをとおして人影をのぞくような、ミステリアスな語りに魅了される。

ラストもあざかである。悲劇的な結果に遭遇する貴婦人は一転、眼前の霧が晴れて現実を見た心境になるが、読者は二転させられて、さらに深い霧に包まれ、もう一度読み返さざるを得ない仕掛けが待っていたことに気づかされるのだ。

私はこの作品を読んでいてちょうどこの時代のイギリスの降霊術にまつわるあるエピソードを思い出した。当時イギリスでは降霊術ブームであちこちで降霊会が催されていた。その会では霊媒が死者の霊を招き寄せたり、病気を霊の力で治療するというこの小説と同じ超自然現象を現出するのである。なかにはインチキな霊能力者も多かったようだ。ミステリーの元祖であるシャーロック・ホームズの生みの親コナン・ドイルは作風からすれば極め付きの合理主義者であると思われるのだが、実は、晩年は英国心霊協会の幹部でこの降霊術の信奉者であった。あるとき、霊能者たちにその能力を競わせる大会があって、彼が審査委員となったときのことである。彼の鼻をあかそうとした手品師が出席し、マジックでもって超常現象を演出したところドイルはこれを高く評価してしまった。してやったりとマジシャン氏は後日友人を介してドイルにこれが手品だったことを告げたところ、
ドイル「それは嘘だ。アレこそ本物の霊媒師だ」と。