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殊能将之 「ハサミ男」
美少女連続殺人の変態犯人が探偵役
1999/08/29 |
「ハサミ男」?
メフィスト賞を受賞し、法月綸太郎が絶賛している、しかも多くの方が読んでおられますので遅ればせながら仲間入りさせてもらいました。
読後感を一言で言いますと
「こういうタイプのミステリーが今様で評価されるのか」
私としては疎外感を覚え、「いつまでも若いつもりでいるが老いたかな」とすねてみたくなりました。
エラリアーナさんがご自身を顧み、謎解きの興味から入って物語性の面白さ、深みに醍醐味を感じるようになって、いまその適度なミックスを求めておられる……全く同感です。「謎」は事件そのものの謎であってその背景の奥行きと直結して多くの読者に感動、共感、好奇心、緊迫感、不安感等々感性に忘れがたい刺激を与える。つまり物語性へと昇華し、味わいを深くするのでしょう。私はそういうミステリーを読みたいと思う者のです。
その点この「ハサミ男」はひと味もふた味も違う奇妙な味がしました。この小説の「謎解き」は「叙述形式に潜む謎」をいかに見破るかにウェイトがおかれているのですね。それにしても作者はこの叙述方法に工夫を懲らしすぎているのじゃあないかな。それだけでなにもないなどと酷評すると怒られるだろうな……ゴメンと思いつつ。
(年寄りの世迷い言)
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白川道 「天国への階段」
古色蒼然の大メロドラマ
2001/3/12 |
1950年代の前半、全国民がラジオの前に釘付けになったといわれた「君の名は」。当時次から次にいわゆる「すれ違いメロ」がラジオ・映画でドラマ化され国民大衆の涙を絞りました。
「思う人には嫁がれず、思わぬ人の言うまま気まま、涙こらえ、笑顔のままに………」
カラオケでももう歌わないでしょうね。
それと母子ものと言うジャンルがあって、三益愛子が親子の情愛、葛藤を主演しました。
「母のない子と子のない母」「母二人」とか。育ての親か、生みの親かの選択問題。
時代は少し進んで、高倉健主演「任侠シリーズ」
「義理と人情を量りにかけりゃ、義理が重たい、男の世界」
「キラリ、キラリ光った流れ星、どうせおいらの行く先は………」これは今でも歌うか。合理主義の蔓延する社会に背を向けるこの義侠を美学とする徹底した自己主張は感動ものでしたね。
さて、マーケッティング重視の経営理論と攻撃的広告宣伝活動を武器に、既成の出版業界に殴り込み、これが成功しつつある幻冬社がこのたび世に問う入魂の新作。
白川道「天国への階段」は皮肉なことにまさにこの集大成であります。よくもまあこれだけのアナクロ的愁嘆場を集めてくれましたね、今の時代に。
ミステリーとして読まれると、見当違いにがっかりさせられます。事実関係が述べられた後に脇役の刑事がくどくどと推理を語る。(この刑事の人物描写には作家として相当の思い入れがあるのは理解できるが「飢餓海峡」の刑事のほうがよほど魅力的だな)そこでは読者の知らない新事実が現れることがないから、飛ばし読みをしたところで一向に差し支えない。同じ事実が何度も繰り返し説明されますから、ページを戻ることなく、読者は十分に理解できます。言い換えれば、相当な水増し小説である。
とはいえ、結構読ませるものがある。それは文章力が優れているからではなく、今、私たちがどこかで失ってしまったもの、われわれ日本人がかつて大切にしていたものに対する郷愁にあるのではないかしら。若い人に受けるとすればバーチャル的にこれを至高の愛・友情と捉えるのかもしれない。
まあ、彼のデビュー作「流星たちの宴」(バブル崩壊直後の相場師たちの生き様)でキラキラとちりばめられていたハードボイルドの持ち味、ケレン味たっぷりの名セリフは見当たらない。
今日からテレビドラマで放映されるらしいが果たしてヒットするだろうか。
2002/04/08
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高木彬光「白昼の死角」
既成秩序の崩壊と新たな犯罪者像
2002/04/21 |
高木彬光の作品を読みふけったのは高校生のときだった。松本清張から入ったミステリーの世界であったが、当時の清張、水上勉、黒岩重吾等いわゆる社会派推理小説とは異質の犯罪者像をそこで見出し、新鮮でまた魅力的に感じられた。特にこの「白昼の死角」とその後の「誘拐」から受けたインパクトは今でもそのままに記憶されているほど印象的な作品であった。
昭和23年は極東軍事裁判の最終判決が下った年にあたる。昭和電工疑獄による芦田内閣の瓦解や帝銀事件とこれまでの「日本的なるもの」の崩壊と新たな価値観の台頭が如実にあらわれる、この時代を背景に東京大学の現役学生があたらしい犯罪ビジネス組織を創設、現在で言う出資法違反の資金集め、闇金融と手形パクリなど知能的詐欺行為で完全犯罪を繰り返すお話である。証券市場再開と株式ブーム、さらにシャープ勧告を契機にしたデフレ発生と株式市場の暴落、朝鮮戦争勃発による好景気とスターリンショックによる大暴落、これらの戦後の大混乱と密接に関わる新奇の詐欺行為、知能犯罪を10年間、若者たちは遂行していく。
実に傑作である。
@ワルであり悪漢であり知能犯の主人公に読者が共感していく、これはビカレスクロマンとされるジャンルであり、アルセーヌ・ルパンとか日本で言えば鼠小僧の冒険のような類なのだが、これは日本発本格的作品としてはその代表格であろう。
A時代背景を実に巧妙に取り組んだそのリアリティーに驚く。
Bさらに当時の法律に直接関わる具体的犯罪を描くことでそのリアリティーはさらに迫真性を持つ。
C「犯罪は投機のようなもの、賭けとは違うんだよ。危険はあるが、知恵と力で何とかその危険はのり越えられる、ちょうど熟練した登山家がどんな危険な岸壁でも征服できるようにね。おれはこの1年、たいへんなスリルを味わいながら自分の計画した犯罪にはひとつのこらず成功してきた。投機はやり方ひとつでは、勝率10割に高められる。これからどんな犯罪をやっても、おれは絶対に失敗しないよ」と主人公はうそぶくのだが、現在のマネーマーケットにおける若き成功者がいたら、そのディーラーはかくのごとき発言をするのではなかろうか。
D社会派の作品では犯罪行為は目的遂行のためにやむなく起きるのであるが、正面から犯罪行為そのものを目的として描かれた、とにかく当時としては異色のミステリーであった。
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