逢坂剛 「百舌の叫ぶ夜」
眠られぬ熱帯夜を一気読みする大傑作
2002/07/25
「鵟の巣」(ノスリのす)と読む。逢坂剛、百舌シリーズの最新作が刊行された。鵟は野鼠や小鳥を捕食する鷹の一種らしい。ヨタカとも読むようであり、新たな女の刺客が登場するのかなと思い巡らせるだけで、前作の「よみがえる百舌」が期待はずれだったこともありまだ購入する心境にはない。

第1作「百舌の叫ぶ夜」、1986年の出世作である、第一級の大型サスペンスであったとの印象が強く残っていて、むしろこちらを改めて読みたくなった。結果、ストーリーのほとんどを忘れてしまっていたこともあるが、久々にミステリーの大傑作に出くわしたというすこぶるご機嫌な読後感であった。今年の新刊が不作のせいでもある。

まず導入部が秀逸である。「百舌」と名乗る暗殺者がターゲットを追尾する爆弾テロシーン、口封じに組織が百舌を抹殺しようとするシーン、内乱下にある某国反乱分子による反対派の虐殺シーンとそのビデオを見ながら復讐を誓う日本人。スケールの大きさストーリーの深み、バイオレンスと謎解きの調和、もうここだけで期待が膨れ上がるのである。この期待は読み進むにしたがって確実な手応えとなって返ってくる。
冒頭から緊張感の連続、展開はめまぐるしくスピーディーである。読みだしたらとめられないというのが掛け値なしの評価である。登場人物は追うもの追われるものともに心に癒しがたい傷を刻まれたものたち、その屈折し抑圧された暗いエネルギーが掟や秩序を度外視して暴走する。こうした人物像が展開するバイオレンスは、外国モノに流行の「ノワール」が不快感を催すのに対し異質で、むしろ爽快感を満喫できるのである。
加えて、きわめて優れた叙述技法での本格謎ときで、いくつかの巧妙などんでん返しが用意されていることもミステリーファンにはたまらない魅力である。

外国の要人暗殺、また治安当局の内部抗争と大サービスのエンターテインメントであってしかも無理がない。ボリュームは文庫版1冊、今はやりの重量比べになりかねない超・大長編ではない。寝苦しい夜、一気に読んで楽しい、お得な作品である。

大沢在昌 「新宿鮫」
期待される警官像
00/9/28
教育の現場で、教育基本法を真摯に受けとめそれに基づいたマニュアルを文字通り地道に実践する。ときに崇高な教育勅語を振り返り、もちろんミステリーなどの悪書を児童生徒に勧めるようなことはしない、この徹底した姿勢で校内暴力やいじめに敢然と立ち向かい学園改革を進める。こういうテーマの小説はおそらく文部大臣賞受賞作になれるかもしれない。
刑事小説にも公安委員会がまとめる期待される警官像があってこれをひたすら実践する。拳銃は警官にとって命と同じ、紛失したら当然辞職する、悪人の仲間から情報を取るにあたっても脅迫的態度は禁物です丁寧に質問しよう。上役へ示せる証拠もなく、あて推量で現場に踏み込むなんて御法度、誰かがなぶり殺しになるかもしれないと確信しても慌てて飛び込んではならない、まず防弾チョッキに着替えましょう、警察は単独のスタンドプレイは許さない、応援が到着するまでじっと待つのである。かわいそうな人には哀れみを、罪を憎んで人を憎まず。
この新宿鮫はこれに近い刑事が主役なんですねぇ。
こういう不朽の刑事小説はさらに高いレベルを行っているから、おそらく警察庁長官賞受賞が期待されます。
大沢在昌「新宿鮫・風化水脈」。「新宿金魚・老化静脈」の間違いでは?

今さら新宿の歴史や地理など教えてもらわなくとも間に合っているし、あの鮫島のカッコよさはどこに行っちまったんだろう。
新宿鮫はTとUまでがその本領を発揮しています。

1990年、「新宿鮫」第1作の登場は鮮烈であった。第2作「新宿鮫U毒猿」も1作に劣らない傑作であった。屈折した正義感をもつ型破りの刑事。華麗なバイオレンス。流れるようなストーリーの展開。バブルの崩壊が始まり、不透明な先行きにたじろぎつつあったサラリーマンにはストレス解消剤の絶好の読み物であり、これを紹介した同僚たちに同じような印象をもってもてはやされたものだ。今、当時の興奮を思うと、主人公の変節が歯がゆい。「新宿鮫」を読むなら、この二つ。

大沢在昌 『砂の狩人』
大沢バイオレンス復活
2003/02/07
ふと映画「スター・ウォーズ」シリーズの印象のことを思い浮かべた。あれをはじめてみたときは冒頭まず、大画面を縦断する巨大戦艦の質量感に圧倒された。そして空想科学小説の想像の世界でしか描けなかった星間戦闘を実にリアルに映像化した超重量級激突の連続に舌を巻きながら、一貫した勧善懲悪のストーリーを理屈抜きに楽しんだものだ。最近の作品は映像技術のいっそうの進歩もありこの激戦シーンはますます迫力を加えている。ただ、ラブロマンスや親子の愛憎、正義のヒーローに内在する暗い野心などの人間性表現にも力点を移したかのようであり、そこがむしろうんざりとするのだ。
著者のヒット作・新宿鮫シリーズは組織のルールにこだわらず悪と戦う一匹狼の刑事の乾いたバイオレンスが魅力だったが、直木賞を受賞した『屍蘭』あたりから鮫島の行動が変わって、お行儀のよい刑事に変身したようである。
『砂の狩人』は新しいヒーローが登場するやはり警察小説である。組織暴力団組長の子供たちが次々に殺害される。中国人の犯行と見た彼らは犯人を抹殺すべく中国人狩りを開始する。新宿を舞台とする中国人マフィアと組織暴力団との凄惨な抗争。初期新宿鮫の胸のすくバイオレンス、待望の復活かと嬉しくなった。プロットのひねりも効いている。警察内部に犯人と密接にかかわる存在をいぶかった警視庁の女性エリート警視正は、警察組織防衛のために事件の真相を闇に葬ろうと、いわくつきの元刑事・主人公に犯人のあぶりだしと暗殺を依頼するのである。この依頼を拒否する主人公を女の武器で篭絡するというお決まりの大サービスまでついている。当局内部のキャリア対ノンキャリア、一般警察対公安の陰湿な確執を尻目に捜査陣の裏をかき、暴力団と手を組み、連続殺人鬼を追いつめる主人公の死闘、意表をつく行動にはストーリーテラーとしての著者の面目躍如たるものがあって、ここは楽しめました。
しかし、これだけ大掛かりなお膳立てを構えた作品にしては「事件の真相」がいかにも貧弱で竜頭蛇尾の感をまぬがれない。直木賞受賞作家としては型どおりでも親子の愛の形を通して「人間の苦悩」を描きたかったのかもしれないのだが………。