青山七恵 『ひとり日和』

このところ激辛の論評を加えてきた石原慎太郎が激賞したと喧伝されたが拝見すれば奥歯にものが挟まった「激賞」ですね。これって都知事選を控えた慎太郎が若者受けを狙ったパフォーマンスじゃあないだろうか。

2007/03/18

第36回芥川賞受賞作である。

BK1の本書紹介にはこうあった。
「東京で暮らせるのであれば、なんだってよかった−。20歳の知寿が居候することになった遠い親戚の71歳の吟子さんの家。ふたりが暮らした春夏秋冬をとおして、ヒロインの自立をしなやかに描く。」

読書を趣味にしているとは思えない友人が
「読んだか?なんだか退屈な日常生活をだらだらと書いただけであれが芥川賞か」
と厳しいご意見を口にされた。そこで手にしたわけだがなるほどその率直な指摘は必ずしも的外れではない。我々の年代はどうしても自分やその周辺の具体的な軸足で主人公を眺めてしまうものだから、このわたし・知寿ちゃんのような未熟な人格が一人前であるべき20歳だということにあきれ返ってしまうのだ。本音を言えば仮に自分の息子・娘がこういう人間だとしたら困っちゃうのだ。友人の場合、思考はこういう主人公を少なくとも無批判に描く著者とこの作品を高く評価する選考委員の方々にまで飛躍してしまうものだから、芥川賞の存在にまでけちをつけたくなるのだろう。そういうもはや変えようもない固定観念では芥川賞を読む資格はないのかもしれないなぁ。

今回もまた「自立」なのか。おなじみの自己喪失、アイデンティティクライシス、閉塞感。おなじ線上にテーマを置いた受賞作がこのところ多かった。その突破口に暴力や性倒錯があるのが流行なんだが、この作品にはそんな過激な飛躍はない。

ところで昨夏の全国高校野球選手権で優勝した早稲田実のエース斎藤佑樹(18)が早大生になるにあたって「自分探しの4年間にしたい」と抱負を述べている。ハンカチ王子ですら「自分探し」!!!と哲学的表現するくらいだ。自分探しって本当は難しいことなんだと思うのだけど、自分探しの旅に出ようって気楽に引越したり職場をかえる。いや若者はこれが風潮なんだ。ニートってこんな精神状況の産物なのかな。

生きていることを実感するなんてことはない。せいぜい死んでいないことをぼんやりと自覚するレベルで毎日が繰り返される。事故死の現場を見てあんな死に方はしたくないからと生きているのだろう。外の世界とのつながりは部屋の窓から見える駅のホームだけ。働く、恋をするのだけれどその現実感のいかに希薄なことよ。

吟子バアサンはなかなかのくわせものだ。転がり込んでくる猫に餌をあたえて一緒に暮らし、死んだあとの猫たちの写真を立派な額縁に入れてずらりと鴨居に並べてある。だが名前は忘れてしまったそうだ。思い出にもならない存在だったんだろうね。猫がねずみをとってきて目の前でなぶり殺しにしていてもやめなさいと手で払うふりをするだけ。実はこの作品のなかで一番生命存在を感じさせるのがこのねずみをいたぶる猫かもしれない。食い物には困らないので餌にするのではない。我輩ここにありと娘とおばあさんの前でその存在を主張している。しかし自己主張する猫には気の毒なことであるが二人ともまるで無関心なのですね。知寿ちゃんだって、びっくりするとか気持ち悪いとかいまどきねずみをとる猫が都会にいるってことを発見した喜びなんて感情があってもいいんじゃないか。知寿ちゃん、気をつけたほうがいいよ。ちっぽけな盗癖があなた流の自己主張ならあなたは吟子バアサンに猫並の扱いをされているんじゃないかい。それこそ死んだら猫たちの写真と一緒にならべられるかもしれない。

これって本当に「しなやかな自立」のお話なの?最後まで知寿ちゃんは現状にたんたんとしています。いらいらしないんです。殻を破りたくなるようなひどいストレスを感じないのだからこのリズムに埋没しちゃって飛躍なんかとても無理だと思うよ。それにしてもこんな若者が増えてきているんだろうと、ここは実感はしますね。だから読んでいる私のほうがいらいらします。とてもとても寂しい気持ちになりました。

熊谷達也 『氷結の森』

主人公、柴田矢一郎。出生は秋田、山々の懐に囲まれたマタギである。昔かたぎのマタギについては前作『邂逅の森』に詳しいので『氷結の森』では省略されている。このため『邂逅の森』を振り返ることで、はじめてマタギである矢一郎の心の奥の哀しさを感じとることができる。彼の前にぬかずくべき基準、あの神聖な自然の摂理はすでになくなっていた。物語はそこから始まる。

2007/03/27
日露戦争から生還した矢一郎は故郷を捨てた。鰊漁や樵の仕事を転々とし、仕事ぶりを買われてもなぜかひとところにとどまろうとしない流浪の生活。場所は当時、日本の領土だった南樺太から、やがて間宮海峡踏破を経て、大陸の尼港(ニコラエフスク)と厳寒の海域、氷結の森林、凍土地帯。他人と深く関わることを峻拒する孤高の放浪。姉の仇だと十年以上も彼の命を狙って追跡する同じマタギの男がいる。矢一郎は逃亡者である。しかし矢一郎が逃げたかったのは復讐に執念をもやすこの男とのかかわりだけではない。読者はもっと別の深く傷ついた過去があることに気がつく。それはなんなのだろうとミステリータッチに謎が序盤で提起されている。
彼は肉体を酷使する労働によってのみ生きていることを実感するだけだ。ぎりぎりと軋みをたてる筋肉、冒頭の鰊漁と次の森林伐採の現場にまず圧倒され、この物語にグイグイと引き込まれる。氷点下48度、死に場所を求めている男。ただし今は死ねないと、精神が昂ぶるいくつもの事件に巻き込まれる。一つ一つのバトルの迫力が徐々に厚みを増し、全編を通じ、切れ味の鋭い緊迫した冒険小説として完成している。
死を惜しまぬ男が死ねない理由はただ一つ、人間関係においては恩には恩返しで報いるという真正マタギの絶対的倫理観だ。借りたお金は命に代えて返す。恩人の娘を救出するには日本国を捨てる。鉄砲に封印はした、が約束を果たすためだ、降りかかる火の粉は払わねばならない。心を寄せる女たちに背を向けなければならない。余談だがもはやこの男性像に心を揺さぶられる年代は限られているのかもしれない。義理と人情をはかりにかけて義理を選択し、タフでなければ生きていけない、やさしくなければ生きていく資格がないと、ないものねだりの郷愁を最近つとに感じる私だから映像化すれば往時の高倉健がはまり役と言っておこう。
しかし、この物語の核心はもっと深いところにある。
時代は日露戦争後、日本も加わった列強のシベリア出兵から尼港事件あたりを背景にしている。さまざまな人格が登場するが無駄はなくそれぞれの個性が面白い。内地で食い詰めた日本人の群れ、緊張関係下にビジネスを拡大しようとする政商、樺太の原住民、朝鮮人、中国人、革命派と反革命派に分れたロシア人、日本陸軍。そして諜報戦。他人とのかかわりを拒否してきた孤独が皮肉にも時代の大きなうねりの渦中に立たされる。そして逃げてきたはずの過去がさらに過酷さをました現実として再現される。惨劇、ラスト近くの凄まじい描写力はまさに圧巻だ。この運命に慟哭する彼の魂はあまりにも痛ましい。
『邂逅の森』は自然界の摂理と人間の営みすなわち文明の発展を抜き差しならぬ対立構図に置いて、大自然の神性に帰依しようとするマタギの苦悩を壮絶に描いた傑作であった。そのテーマを根底にしつつ本著は近代という社会を生きる人間同士の宿命をさらに残酷な切り口で開け広げる。それは現代人にも共通している愚かしさである。近代化とは差別をつくり、人と人とが殺しあう宿命を負うことなのか。
廃墟をあとに静寂がおとずれる。樺太のニブヒ族、マタギと同様に大自然の懐で生きる民へ思いだけが矢一郎に残された。尼港から樺太に向けて雪原に一歩を刻む矢一郎ではあるが、そこにも安寧の地はないだろうと私には感じられて、この寂寥感にいたたまれなくなった。

注 尼港事件とは
シベリア出兵中の1920年3〜5月に尼港(ニコラエフスク・ナ・アムーレ)で発生した事件。同市はソ連(現,ロシア)極東のアムール川河口に近い漁業都市で日本領事館も置かれていた。日本軍はここを1918年9月占領し,20年冬には日本人居留民約380名,陸軍守備隊1個大隊,海軍通信隊約350名がいた。たまたま同年1月トリャピーツィンの率いる約4000名のパルチザン部隊が日本軍を包囲した。衆寡敵せず日本軍は敗れ,パルチザンとの間で停戦協定をむすんだ。ところが3月11日武器引渡しを要求されたのを機に日本軍は奇襲をかけ一般人もこれに加わった。結局日本人側は大半が戦死,残った者も降伏し投獄された。この間石田虎松副領事一家は自決をとげた。やがて解氷期となり日本の救援隊が向かうと,その到着前の5月下旬パルチザン側は,監獄に収容中の日本人俘虜を虐殺した。また同地を退去する際にパルチザンは市街を焼き払い,一般市民約8000名の半数を殺害したと伝えられた。この〈尼港の惨劇〉は日本に大々的に宣伝され,〈元寇以来の国辱〉として,シベリア駐兵の必要を説く軍部などに利用された。日本政府は7月3日,同事件の解決の保障として北樺太の占領を宣言し同地への出兵が行われた。この尼港事件は,その後の日ソ国交回復交渉の難点となった。なお,トリャピーツィンはのちにソ連に逮捕され,人民革命裁判所の裁判をへて7月死刑を執行された。平凡社世界大百科事典


司馬遼太郎 『項羽と劉邦』

NHK大河ドラマ『風林火山』がおもしろい。雀荘で臨卓から「あれでは原作のよさがまるで感じられない」との声があった。井上靖は読んでいないのでなんともいえないのだが山本勘助のいかにもワルなところを非情なタッチで描いている。虫酸がはしると感じる視聴者があっても不思議ではない。すくなくともこれまで放映されたところでは卑怯な謀が上首尾に仕上がったところで、顔を伏せてにやりとするところなど、NHKらしくもない凄さがある。

2007/04/16

山本勘助、いやなやつである。若い頃から諸国を遍歴し、各地の地勢、民力、領主の資質を総合的に把握し、軍略や築城術などの兵法を身につける。そして自分の能力をたかく買ってくれ、天下を狙える武将を渉猟する。主君に対して決して卑屈ではなく、軍略、調略に関しては対等、むしろ師弟の関係に立っているかに見える。この場合勘助が師である。下克上、戦国時代、旧弊を破壊する生存競争にこそ生まれる自律した個性の登場である。そこにはありきたりな善悪の倫理基準はなく目的に向かっていかに効率的にすすむかとみずからに使命を課したプロフェッショナル像だ。

項羽における范増、劉邦における張良だけではない。秦には法家があり、その秦を打倒せんと老荘、儒家、縦横家、兵法家の「士」が入り乱れる。司馬遼太郎『項羽と劉邦』を読んでいるとこの勘助的個性をもっと際立たせた人物が天下を二分した英傑の周辺、いたるところ登場しその運命のドラマチックな変転ぶりに熱くなる。だから風林火山とは比較にならないスケールでエキサイトさせられる。だいたい山本勘助を紹介してある古文書の「甲陽軍鑑」こそもともと司馬遷「史記」を参考にしていただろうからね。

司馬遼太郎はこの「士」についてこう語る。
「農民の中から自立してくる一種の自由人で、自分の知識と精神が役立つなら仕え、気に入らなければ市井にかくれ、………遊士………食客………その生き方は自律的で自分の徳義でもって進退し、あるいは生死し、かつての時代の奴隷的な隷属根性をいっさいもたない。」

「個性を尊重しよう」「個性を発揮できるシステムをつくろう」と格差社会といわれる現状で格差をマイナスにとらえる人たち、そうはとらえない人たちともにともにここは一致している。ニートって市井にかくれた「士」なのかもしれないな、なんて楽観的かな。個性発揮で「時代の寵児」となった後日談もこの歴史小説にはいくつもでてくるな。

企業の人事管理システムが年功序列から成果主義になった。仁とか徳とか抽象論で人間を評価してはいけない、具体的に役に立ったか立たなかったかで信賞必罰を透明にするって秦の法家思想が先をいっていたのだが、結局、秦は人間を自然物のひとつとして万能の法を貫徹させ人間性を抹消させてしまったんだ。それで全国的暴動の発生。
司馬遼太郎は劉邦の茫洋たる人物に関し「侠」についてもこう語る。
「劉邦とその身内の関係はその時代なりに自覚した個人が侠という相互扶助精神を糊として結びついているように思える。………王朝がたのむに足りず、むしろ虎狼のような害があるという古代的な慢性不安の社会にあって、下層民が生きていくには互いに侠を持ち、まもりあう以外にないというところから発生した精神といっていい。」
つまり、利害得失、上下関係にかかわらず義のためには命を惜しまぬ結びつきのことだ。なかなか味のある「美学」だと思ったりする。とはいえそれで暴徒の大親玉になれるかもしれないが優れた為政者にはなれまいね。

水滸伝の宋江のことだが、前々からなぜあんないい加減な人物が梁山泊を率いる英雄になれるのか疑問だったのだけれど、なんのとりえもないこの劉邦と似ているんだ。劉邦と項羽の違いは何十万、何百万という規模の大流民どもに穀倉を押さえるなどして「なんとしてでも食わせてやる」と、この桁はずれの「侠」にあったようだ。

こういう個人的な雑念と遊びながら、股くぐりの韓信が見せる背水の陣から四面楚歌、虞や虞やなんじをいかんせんと かつて知ったる故事の数々をかみしめつつ壮絶な項羽の最後までの大ロマンを充分に楽しむことができました。