鹿苑寺(金閣寺)

【宗派】 臨済宗相国寺派特例別格地
【山号】 北山
【開基】 足利義満
【開祖】 夢窓疎石(追請開山)
【本尊】 釈迦如来


【歴史】
<元仁元(1224)年>
 12月、西園寺落慶。

  西園寺公経が自領である尾張国松枝庄と仲資王が所有する北山とを交換したことに始まる。もともと北山は平安時代には寺院が多く建立された地域であったことから、公経は、この地に西園寺家の氏寺である西園寺を建立すると共に、寝殿造の山荘「北山第」を建築し住居とした。

<応永元(1394)年>
 12月17日、足利義満、征夷大将軍職を辞任。

  後継将軍職には足利義持が就く。

<応永2(1395)年>
 6月20日、義満、出家。

<応永4(1397)年>
 正月、義満、山荘「北山殿」の造営開始。

  義満は出家後の隠居地として、河内国内の天領と西園寺家の北山第とを交換し、この地を手に入れた。

 4月16日、上棟式。

  この時に舎利殿(金閣)・天鏡閣が建築された。なお、北山殿の造成に当たって義満は全国の守護大名を動員しているが、大内義弘だけがこの命令に応じなかった、と言われる。

<応永14(1407)年>
 3月23日、義満の室・日野康子、後小松天皇准母となる(北山女院)。

<応永15(1408)年>
 3月8日、後小松天皇、北山殿行幸。
 5月6日、義満、死去。

  義持が三条坊門第に住居を構えたことで、北山殿は政治の中枢から離れる。

<応永26(1419)年>
 11月11日、康子(北山女院)、死去。

  舎利殿・護摩堂・法水院を除き北山殿は取り壊される。天鏡閣は南禅寺に、公卿間は建仁寺に、宸殿は南禅院に、各々移築される。

<応永27(1420)年>
 夢窓国師を勧請開山とし「鹿苑寺」と改名。

  寺名は義満の法名「鹿苑院殿准三宮大相国天山道義大禅定門」に因む。

<応仁元(1467)年>
 6月、『応仁文明の乱』により被災。

<文明17(1485)年>
 11月15日、護摩堂、焼失。

<天文7(1538)年>
 6月、修復工事が完成する。

<享保(1716~1736)年間>
 鐘楼・大書院、復興。

<天保(1830~1844)年間>
 庫裏・唐門、復興。

<明治37(1904)年>
 舎利殿、2年に及ぶ解体修理を実施。

<昭和25(1950)年>
 7月2日、舎利殿(金閣)、焼失。

<昭和30(1955)年>
 10月10日、舎利殿、復興。

<昭和62(1987)年>
 大修理が落慶。
  舎利殿(金閣)には金箔が通常の5倍使用される等、華麗かつ豪壮な修理が実施された。

<平成6(1994)年>
 世界遺産に認定される。


「北山殿」が「鹿苑寺」になった当初のことは未詳である。足利義教が将軍だった頃には格式を重んじられたが、義教の死後、経済的に逼迫して行く。そして、『応仁文明の乱』では、舎利殿(金閣)、護摩堂、石不動堂、泉水がかろうじて被害から免れた。

その後、足利義晴の三男である周暠を迎え寺勢の回復を企図するものの周暠が暗殺され頓挫する。安土桃山時代になって、西笑承兌が、豊臣秀吉、徳川家康に接近したことで遂に寺勢を復興せしめる。

しかし、昭和時代になって、創建当初からの遺構である貴重な舎利殿(金閣)を失火により喪失する。その後、明治時代に行われた解体修理の記録を基本として舎利殿(金閣)は再建された。同時に、再建された舎利殿(金閣)は、京都観光の起爆剤ともなり、昭和30年代には、近隣の住宅は観光客が撒き散らすゴミやホコリのために一日に三度の掃除が必要とまで言われるほどの大ブームとなった。以後、現在に至るまで、京都を代表する建築物となっている。


【舎利殿(金閣)】
三層楼閣建築。杮葺。焼失前の舎利殿に使用されていた楠の一枚板は美麗なことで有名であった。

一層目は釈迦如来像と足利義満像を安置する寝殿造。「法水院」と呼ばれ正面は吹き放しとなっている。貴族趣味の住居風造りで白木白壁に拠って構成されており、「漱清」が付属する。


鹿苑寺(金閣寺)

(一層目)

鹿苑寺(金閣寺)

(一層目)

鹿苑寺(金閣寺)

(一層目)

鹿苑寺(金閣寺)

(一層目「漱清」)

二層目は岩屋観音と四天王像を安置する武家造となっている。金箔押しで信仰の空間である。「潮音洞」と呼ばれる。

鹿苑寺(金閣寺)

(二層目)

三層目は仏舎利を祀る禅宗仏殿造で「究竟頂」と呼ばれる。二層目と同じく金箔押しで信仰の空間である。方三間。屋根には昭和時代に製作された金銅製の鳳凰を頂いている。古い鳳凰は別に保管されている。正面「究竟頂」の額は後小松天皇勅額とされるが、現在のものは複製で、勅額の実物は別に保管されている。

鹿苑寺(金閣寺)

(三層目)

鹿苑寺(金閣寺)

(三層目)

鹿苑寺(金閣寺)

(三層目)

【夕佳亭】
江戸時代に後水尾天皇の行幸を迎える際に作られた茶室で金森宗和の設計に拠るもの。しかし、江戸時代のものは焼失し、これは、明治7(1874)年に再建されたもの。「南天の床柱」と「萩の違棚」が有名。


鹿苑寺(金閣寺)

(夕佳亭)

鹿苑寺(金閣寺)

(夕佳亭 内部)

【庭園】
池泉回遊式庭園で国の特別史跡及び特別名勝に指定されている。鏡湖池には葦原島等の島が並ぶ、その周辺には守護大名から寄進されたと伝えられる庭石が姿を見せている。

鹿苑寺(金閣寺)

(鏡湖池)

鹿苑寺(金閣寺)

(鏡湖池)

鹿苑寺(金閣寺)

(鏡湖池)

【文化財】
「大書院襖絵」(伊藤若沖筆)、「開基足利義満像」(足利義持賛と飛鳥井雅縁賛の二種)、「高峰顕日問答語」等が重要文化財の指定を受けている。池泉回遊式庭園は、特別史跡と特別名勝に指定。

【行事】
2月3日、不動堂開扉法要。
8月16日、不動堂開扉法要。
10月20・21日、開山毎歳忌。

鹿苑寺(金閣寺)

京都市北区金閣寺町1。

【拝観時間・拝観料】


拝観時間 9:00 から 17:00
拝観料 大人 400円
※ 詳細は鹿苑寺にお問い合わせください

【鹿苑寺(金閣寺)への主な行き方】


出発地 系統(下車バス停)
京都駅(JR・近鉄・地下鉄) 京都市バス 205系統(金閣寺道) 101系統(金閣寺道) 二条城・金閣寺 Express号系統
三条京阪(京阪) 京都市バス 12系統(金閣寺前) 51系統(金閣寺前)
四条河原町(阪急) 京都市バス 12系統(金閣寺前) 51系統(金閣寺前)
四条烏丸(阪急・地下鉄) 京都市バス 12系統(金閣寺前) 51系統(金閣寺前)
出町柳(京阪) 京都市バス 102系統(金閣寺道)
北大路(地下鉄) 京都市バス 101系統(金閣寺道) 102系統(金閣寺道)
北野白梅町(嵐電) 京都市バス 101系統(金閣寺道) 102系統(金閣寺道) 204系統(金閣寺道) 205系統(金閣寺道)
※ 時刻表等は交通機関のサイト等でご確認ください

     部はクリックすると説明ページが表示されます。

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