上毛野形名

かみつけののかたな (?〜?)

略伝

飛鳥時代。

大仁。
蝦夷征討将軍。

「君」姓。
「方名」とも記される。
上毛野氏。

舒明天皇9(637)年、
蝦夷が叛乱を起こし朝貢することを拒絶する。

そこで朝廷では蝦夷征伐のため、
征伐軍を編成して派遣することを決し、
上毛野形名が征伐軍の将軍に任命される。

こうして形名は、征伐軍を指揮して蝦夷地へ赴くが、
妻や女官らを従えた陣容は余裕すら感じさせるものであった。

しかし戦況は形名の予想を遥かに超えた壮絶なものとなり、
地理を知り尽くした蝦夷軍の戦術の前に翻弄され、
かえって惨敗を喫す結果となる。

征伐軍は散り散りに敗走し、
形名も本陣を置いてあった砦の中へ、
逃げ込むだけで精一杯の有様であった。

その砦も蝦夷軍によって周囲を完全に攻囲され、
砦の中にいた兵たちも次々と逃亡し絶対絶命に陥る。
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夜陰に紛れて砦の垣根を越えて、
逃亡を図ろうとする形名に対して妻は、
今汝頓に先祖が名を屈かば、必ず後世の爲に嗤はれなむ
(『日本古典文學大系68 日本書紀 下』 坂本太郎 家永三郎 井上光貞 大野晋 校注 岩波書店)
と叱咤激励するのである。

さらに妻は形名に無理やり酒を飲ませて、
女官たちに十の弓を晴らせて、その弦を鳴らさせた。

こうなるに及んで形名も遂に心を奮い立たせて、剣を手に取ると、
たったひとりで蝦夷軍の中に突撃したのであった。

形名は単身で突撃したのだが、
夜であったことと形名の声と女官が引く弦の音の前に、
蝦夷軍はてっきり砦周辺に潜む伏兵と連携して砦の兵が打って出たと深読みし、
慌てて砦の包囲網を解除し戦線を下げてしまうのである。
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この蝦夷軍の転進を見た征伐軍の残兵たちが、
再び結集し蝦夷軍に対して追撃をかけ、
壊滅させ捕虜とすることに成功する。

ここに朝堂を震撼させた蝦夷の叛乱は、
鎮圧されたのであった。


上毛野形名の上毛野君は、
豊城入彦命の後裔で関東の有力豪族であった。

だからこそ形名の妻は、必死になって、弱気となった形名に
「一門の武名を汚すことがないように」と叱咤激励したのである。
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形名もこの妻の叱咤激励に応えて、
優勢な蝦夷軍に単身で突撃を仕掛けて、
絶望的な戦況を大逆転に導いている。
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勝気でしっかり者の妻と、
その妻の期待に応えて奮戦した夫と言う一組の夫婦が、
蝦夷地において大和朝廷の迎えた
危機を救ったのである。

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年表
<舒明天皇9(637)年>
 蝦夷征伐の将軍に任命される。

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