【よろパラ 〜文学歴史の10〜 年表】
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【天平6(734)年】
月日  天皇 政体 事項
正月15日 第45代
聖武天皇
知太政官事
舎人親王
国司による官稲の貸付を許可

 貸付限度を設け、
 大国で14万束以下、
 上国で12万束以下、
 中国で10万束以下、
 下国で8万束以下とされる。


正月17日 知太政官事
舎人親王
右大臣
藤原武智麻呂
叙位任官

 藤原武智麻呂、従二位、右大臣。
 多治比県守、正三位。
 藤原宇合、正三位。
 藤原仲麻呂、従五位下。
 ≫『多治比県守』
 ≫『藤原仲麻呂』


2月1日 天覧「歌垣」が開催される

 朱雀門前において、
 男女240人が参加して歌垣が開催され、
 聖武天皇が天覧した。


4月7日 大地震が発生

 日本各地で大被害が発生。
 朝廷では神社や天皇陵や皇族陵の
 被害状況の調査を実施。

 この年の9月24日にも大地震が発生する。


5月28日 太政官、人民救済策を奏上

 数年来の天変地異により、
 公出挙稲、私出挙稲が横行したことで、
 人民が利息の返済の取り立てに苦しめられており、
 この取り立てをしばらく停止させることを奏上し、
 勅許される。


7月12日 大赦を実施

 天変地異による被害から、
 不安に怯える民心を安定させるために、
 八虐のような重罪犯や官人の汚職犯を除く、
 罪人に対して大赦を実施。

 さらに10月4日には、平城京内に限定し、
 死罪の犯罪人にも大赦を実施。


11月21日 太政官、得度について奏上

 近年、出家得度する僧尼の質が
 極めて著しく低下していることから、
 「法華経」「最勝王経」を暗誦した上で礼法にも通じ、
 日頃の行いが3年以上正しい者だけを、
 出家得度させることを奏上し、
 勅許される。


 

 《天平6(734)年のポイント》

 数年来の天変地異による被害が甚大で、
 人民の生活は困窮を極める有様となっていた。

 有力官人や寺院等は、そこにつけこみ、
 公出挙稲、私出挙稲を行い、人民に対して強引に貸し付け、
 暴利を貪り私腹を肥やしていた。

 聖武天皇が開催した歌垣の華麗さとは裏腹に、
 一般人民の生活は奈落の底であった。

 中央では、藤原四兄弟の長子の藤原武智麻呂が右大臣に就任し、
 その子の仲麻呂も朝堂で活躍するようになる等、
 藤原氏の台頭が目立ち出す。


 

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