海 の藻屑と消えた作曲家
マ ルセイユのピエール・ゴーティエ (c.1642-1696)
text by Y. Ohnishi


 海で遭難死した作曲家というと、有名なところでは乗船した客船がドイ ツ潜水艦に撃沈されて遭 難したスペインの作曲家グラナドスが思い浮かぶが、あまり知られていないピエール・ゴーティエ(Pierre Gautier de Marseille)もその劇的な最後という点で音楽史上記憶にとどめておきたい作曲家である。

 ピエール・ゴーティエは樽職人の家族に生まれ、兄弟は10人。この当時の作曲家の多くがそうであるように幼年時代はほとんどわかっていない。おそらく 1650年から60年に掛けて教会の合唱団で音楽を学び、オルガンやチェンバロを習ったものと思われる。やがて才能が認められてか、パリの高名なチェンバ ロ奏者シャンボニエのジャック・シャンピオン(Jaques Champion de Chambonnieres)に弟子入りする。またルイ14世の寵愛を受けた高名なチェンバロ奏者ジャック・アルドル(Jacque Halledle)の知己も得たりする。
 1665年には最初の器楽組曲『パリの喧騒(L'embarrase de Paris)』を発表するも、1669年には何故かパリを後にし1670-1年には生まれ故郷に近いシオタ(La Ciotat)のオルガニストをつとめる。しかし再びパリに上京する。当時パリではリュリがアカデミー・ロワイヤル・ド・ミュージックを創設し (1672)、王から、当時イタリアから導入されてきた最新の芸能形式:=オペラの独占的上演権を認められていた。再上京した彼は、そこにもぐりこんでオ ペラのさまざまなテクニックを学んだと推測される。そして遅くとも1681年には、彫刻家であった兄弟のジャックとともに、マルセイユにてフランス最初の 地方オペラハウスを創設に着手する。

 準備が整ったゴーティエは再びパリに上京し、1684年、独占上演権を持っていたリュリより、マルセイユおよびプロヴァンス地方の数都市での上演権を 15000リーブルで買いとり、1985年1月28日、マルセイユの社交界のメンバー全員の見守る中、テニスコートを劇場に転用して行ったこけら落しのオ ペラ上演で記録的な成功を収める。初演後、彼は台本・音楽とも自作の『平和の勝利(Le triomphe de paix)』、『太陽の裁き(Le jugement du soleil)』など次々と発表、舞台装飾にも高名なアーティストを起用しプロバンス地方の人々を熱狂させ、さらにツーロンからモンペイエまでツアーも 行った。

 しかしいくら人気があったとしても、オペラは非常にコストのかかるビジネスであり、王室の支援も得られないゴーティエ兄弟はやがて借金漬けとなった。 1688年にはマルセイユの音楽家ニコラス・ベッソンに訴えられ、返せない負債のため収監される騒ぎも起こす。その年の10月8日、結局ニコラス・ベッソ ンにオペラ団の財産一式を総額8200リーブルで泣く泣く売り渡さざるを得なくなる。ようやく釈放されたゴーティエはジャックとともにリヨンに赴き再起を 図る。しかしオペラの成功はプロバンスの人々に忘れられることはなく、ゴーティエ兄弟は1692年には再びマルセイユに迎えられる。

 債権者たちを刺激しないために、新オペラ団の団長はジャックとし、1693年には数千人を収容できるマルセイユ最初の本格的オペラハウスを設立、ピエー ルを音楽監督としてリュリが作曲したオペラを上演した。

 ピエールより財政的手腕が優れるジャックの下で財政的安定も確保し始めた中、彼らのキャリアは突然の中断を迎える。1696年11月、モンペイエでの3 週間におよぶツアー(リュリの演目)で大成功を収めた後、12月末までにマルセイユに戻ろうと船にオペラ団の装置一式を積み込み、ゴーティエ兄弟はメン バーの何人かとともにセト港より出帆した。船が沖にでると嵐に巻き込まれ、それは数日間続いた。そしてゴーティエ兄弟はオペラ装置一式とともに海の藻屑と 消えたのである。

 ゴーティエのオペラ作品、そしてチェンバロにも作品を残したと考えられるが、これらの作品は残念ながら後世に伝えられていない。しかし、今日唯一残され ており、ゴーティエの手腕をしのべる唯一の作品がシンフォニー(当時シンフォニーという名前は、今日のような「交響曲」を意味するものではなく、器楽曲と いう意味でつけられていたようである)である。

これらを収めたCDが、次のものである。
フランス ASTREE/AUVIDIS (現NAIVE) E8637 Gautier de Marseille: Symphonies 演奏 La Simphonie du Marais 指揮 Hugo Reyne (1997年録音、1998年制作・発行 現在廃盤)

MUSIQUES AUX ÉTATS DU LANGUEDOC (SYMPHONIES ET AIRS D'OPÉRAS)

 なお、上記ゴーティエの足跡はこのCDに付せられたJ. シェルアン-カンボランのライナーノートより抜粋・要約している。また、ゴーティエの作品名は筆者の個人訳であり、日本における定訳ではない。


2004.05.18

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