お嬢さん方の気持ちがこもったチョコレート。
たくさん貰えるのは嬉しいんだが、全部食うのが大変だったりする。
――は? じゃあ、誰かにやればいいって?
そんな事できるわけないだろう? かわいらしいお嬢さん方がくれたっていうのに。
………でも。
………………当分チョコレートは見たくねえかも。
HAPPY VALENTINEを君に。
なんて思ってた矢先。
――――ピンポーン。
来客を知らせるチャイムが鳴った。
何十個目かのチョコのラッピングをはがす手を止め、急いで玄関へと向かう。
お客さまを待たせるのはよろしくないからな。
鍵を外し、ドアを開けると、
「…ドラミ………?」
ふわふわとした金髪を赤いリボンで止め、よく似合うピンク色のコートに身を包んだドラミが、雪を少々肩と頭に積もらせ立っていた。
その光景がすごく綺麗で、一瞬言葉に詰まった。
「――上がるか? 寒いだろ?」
季節は冬。
ここにはどこでもドアで来たのだろうが、少し外にいただけでも相当こたえたんだろう。顔が赤い。
雪まで降ってるしな。
けどドラミは首を横に振る。
「すぐ行かなくちゃいけないから。――でも、ありがとう」
なら、仕方ないか。
温かいココアを入れている時間もないようなので、替わりにと、ドラミに積もる雪を手でパタパタとはたく。
「で? どうしたんだ? なんかあったのか?」
今日は尋ねてばかりだと思いながらも、聞いてみる。
けっこうもう遅い時間だ。
こんな時間に俺のところに来るってことは、事件でも起きたかという考えも浮かんだが、この空気からしてそうじゃないよな、ということで消えた。
となると………まさかまたキッドが意地張って、ケンカでもしたのか?
ありえるよな〜…。ったく、あいつはもう少し素直になれねえのかよ。
…………お互い想いが通じ合ってるんだからさ。
「…ル。エル?」
「…あ? あ、ああ、悪い。ちょっとボーっとしてたみたいだな」
ハッと我に返り、ばつが悪くて頭をかく俺に、ドラミはくすくすと笑う。
「ふふ。…あのね、エル。今日来たのは」
「ああ」
愚痴なら気がすむまで聞くし、相談ならいくらでものろう。
そんな思いでドラミの次の言葉を待つと。
彼女は四次元ポケットに手を入れ、何かを取り出し、バッと俺の目の前に突き出した。
……………はい?
それは薄茶色の紙袋で、中からはいい匂いと共に湯気。
わけがわからないまま受け取って、ドラミに顔を向けると、
「ハッピーバレンタイン♪ エルv」
――にっこりと。
いや、ふんわりとか?
とにかくほほ笑まれた。
……そうだよ。今日は―――バレンタイン。
さっきまでチョコレートを食ったりしてたじゃねえかよ。
玄関に出るすぐ前には、ラッピング取ってたのに。
そんなことすっかり頭になかった。
「サンキュ………って、これ」
袋の中をのぞいてみれば、入っていたのはいい色に焼けた――どら焼き。
「本当はチョコレートにするはずだったんだけど。…エルたち、毎年たくさん貰うでしょう? だから、違ったものにしようかなって思って………でも、チョコの方が、よかったかしら……」
俺が黙っていたからか、不安気に見つめてくるので、慌てて手をぶんぶんと振る。
「いや、ちょっと驚いたけど、…嬉しいよ。ありがとう。…ドラミが作ったのか?」
「もちろん」
「そっか………」
彼女の料理のうまさはジェドーラも保障済み。
ましてや、きっと一生懸命作ってくれたモノ。……嬉しかった。
例え、友達としてでも。
「じゃあ、私は…」
「――ドラミ」
帰ろうとするドラミを不意に呼び止めてしまった。
不思議そうに振り返る彼女。
「なぁに?」
「え、あー、その」
何を言いたかったのか思い出せなくて、でも何かを言おうと頭でぐるぐると考え、出た言葉は。
「――キッド。…キッドのやつ、喜んでただろ?」
…何聞いてんだ、俺は。
……ただ、ケンカしてないなら、キッドも今日くらい素直になってるだろうと思って。
それに、あいつドラミのどら焼き好きだし。
喜んだだろ―なって。
でも。
その返答は、俺の予想とまったく違っていた。
「わからないわ。だって、まだ渡してないもの」
………………。
それって。
「…喜んでくれるといいけど…」
いや、絶対喜ぶだろうけど。
「…じゃあ、先に渡しに来てくれたんだな…」
それはとても。
「うん? そうよ。エルが一番最初」
たぶん君にはとても些細な。
「……そっか。…ありがとう」
些細な事なんだろうけど。
「じゃあ、行くわ。冷めないうちにみんなに渡したいから」
「…そうだな」
袋を抱えたまま、一緒に玄関の外に出る。
どこでもドアを開き、ばいばい、と背を向ける彼女を、
「ドラミ!」
今度は故意に呼び止めた。
そして、いつも必ず持っているバラの花を一本投げる。
「わ!」
なんとかキャッチし、こちらに目を向けたドラミに、俺は笑う。
「ハッピーバレンタイン! ドラミ!」
幸せな時間を過ごしてくれよ?
俺の大好きな人。
ドラミは、きょとんとして、それから「ありがとうv」と笑ってドアの向こう側へと消えた。
雪が降ってて。
寒いからかな。
手に持つどら焼き入りの袋だけは妙に温かくて。
早く部屋に戻って、お茶でも入れて、このドラ焼をいただこう。
悪い、お嬢さん方。チョコレートは、また明日だ。
だってさ。
本当に些細な事なんだけど。
でも。
一番最初に。…キッドより先に俺に渡しに来てくれたことが、嬉しくて。
深い意味なんてないってわかってる。
彼女が好きな人を知っている。
それでも。
バカみたいかも知れねえけど、なんか嬉かったから。
今日はもう、チョコレートは食べられそうにない。
だからせめて。俺は祈るよ。
――――――ハッピーバレンタインを君に。
|