キッドはもてる。そんな事はずいぶん前に自覚していたはずだった。
でも。私は今。
―――――ヤキモチ、焼いてるみたい。
想い 〜sideドラミ〜
キッドとエルがいきなり私の家に押しかけてきたのはつい一昨日のこと。
すごく険しい顔つきでずかずかと入って、二人で部屋を徹底的にチェックしはじめた。
あまりにも突然で呆然としていた私は言葉も出なくて。呆然と様子を見ているとキッドの通信機に連絡が入り、エルはすばやく道具を出して私にその会話を聞かせないようにした。
表情だけでみていると、最初は苛立ちを押さえきれないようだったけど、最後にはなんだかホッとしたような顔になった。
通信が終わったのを見届けて、道具もしまわれて、混乱していた頭もようやく落ち着いた私はじっと二人の目を見て、「いったいどうしたの?」と尋ねたのだけど。
エルもキッドも目をそらし。しまいには「2、3日ここで休んでくから」と宣言する始末。
別に、それが嫌なわけじゃない。お客様の部屋もあるし、お兄ちゃんの親友であり、私の大好きな人たちだもの。いつも忙しい人たちだから、ここでゆっくりできるのならそうしていって欲しいと思うわ。
ただ、ちょっと。もう少し言葉が欲しかっただけ。
きっと二人がここに来たのには何か理由があるはず。キッドの通信機に連絡が入ったことから考えて彼の仕事がらみなのかもしれない。彼はまっすぐな人だから、例えば極秘任務とかがあったらその命にかけても秘密を守り通すだろう。だから答えられないのかもしれない。
けれどそれなら、『気にするな』って言って欲しいの。……キッドには分かってもらえないけど。
そんな事を思っている矢先。
また突然の訪問者が夜ではあるが私の家に現れたのだった。
「キッドv 久しぶり!」
ドアを開け迎え入れたお客様は女の子だった。
春に咲く桜の色の髪をして、ハート型のピンをつけた女の子。
キッドの姿を見つけるなり満面の笑顔で抱きついた。
かわいいな、と女の子の立場からも思えた。
ポカン、としていたキッドはやっと正気に戻ったようで、
「ロビンじゃねえか! どうしたんだよ!」
ほとんど見ることがない満面の笑顔で彼女と向き合った。
心底嬉しそうな、子供のような無邪気な笑顔。
私はこの笑顔が大好きだけど、…最近キッドはあんまり笑わなくなった。…私の前でだけ。
どうしてかは、わからない。
だから、考えないようにしようって、思ってたのに。
――――――……私……。
その先に気づきたくなくて、頭を振る。
何をやってるんだろう。キッドの大切なお客様。お茶でも出さなきゃね!
「……ドラミ」
「? どうかした? エル」
不意に声をかけられ顔を向けると、エルは複雑そうな表情をしていた。
…どうしたのかな。
しばらく何か悩んでいたようだったけど、その右手を私の目の前あげて「――いや、呼んでみただけ」とポンっと赤いバラを出した時には、すっかりもとのエルだった。
綺麗なバラ。なんだか元気が出てきた。
「あの。今お茶入れるから、ゆっくりしていって下さいね」
「――あ、ありがとう! あ! あなたがドラミちゃんね。話は聞いて――」
「ロビンっ! いいからこっちの部屋に来い。――ドラミ、わりぃな。お茶、よろしく頼む」
「もう! 相変わらずキッドは乱暴者よね〜」
「お前も相変わらず手がやけるな」
軽口を言い合って、笑いあって、応接室へと向かっていった二人。
彼女が、誰なのかは知らない。
けど、とてもいい子でキッドと対等で、彼と同じくまっすぐな人。目を見てなんとなくそう思った。
キッドはもてる。そんな事はずいぶん前に自覚していたはずだった。
でも。私は今。
―――――ヤキモチ、焼いてるみたい。
ぼうっ、としていた。
「ドラミ」
だから、エルの声にとても驚いた。
でもエルはそんな事お構いなしににっこりとまたバラをくれて、
「お茶入れるの、手伝うぜ」
ゆっくりと時間をかけて水を沸騰させる事から始める。
もちろんここは科学の発達した時代。すぐにおいしいお茶を入れる事だって可能なのだけど、私は自分の手で入れる方が好き。こぽこぽと水が沸く音も、カップに注ぐ音もとても心地よい。
「…あのさ」
隣に立っていたエルが、口を開いた。
なんだかとてもいいにくそうな、そんな感じ。
「………ロビンは、ほらドラえもんから聞かなかったか? 前に校長に頼まれた事件の時に知り合った校長の幼馴染の子供なんだ。危ない所をキッドに助けてもらったから、慕ってるみたいなとこあるけど…。そう、ここに来たのも本当にたまたまらしいぜ? ドラミは聞こえてたかわかんねえけど、友達がこの近くに住んでるらしくて、泊りがけで遊びに来てて、で、偶然ここに来る俺たちを見かけたらしい。〜〜だから、つまりさ」
――心配、してくれているんだ。
普段のエルらしくないもの。慎重に一つ一つ言葉を選んで話してる。
エルは鋭い人だから、私がロビンさんの出現にとまどっている事を察したのね。
そして元気付けてくれようとしている。
――――本当に、優しい人。
この人に、私なんかのことで心配をさせてはいけない。
エルの目は見ることが出来なかったけれど、大丈夫、うまく笑えている。
「ありがとう。でも大丈夫だから。…キッドが誰を好きでも悪くないわ。私は想っていられるだけで幸せだし」
例え、キッドが笑顔を見せてくれなくても。もしかしたらそれくらい本当は私のことが嫌いなのかもしれなくても。それでも。
パン。
触れるくらいに軽く両頬を叩かれて、そのまま上を向かされる。
「……何言ってんだよ! そうじゃないだろ?」
綺麗な、赤色の瞳が、―――泣きそうに見えたのはなぜ?
その瞳から目をそらせない。
こんな想いは決して外に出してはいけないって思ってた。
嫌な自分になってしまいそうで。怖かった。
なのに、想いが素直な言葉になって―――溢れ出る。
「…………だって……だってキッドは、一度も私のこと好きだなんて言ってくれなかった!」
分かってる。キッドがそういう言葉を軽々しく口に出す人じゃないんだってことぐらい。
でも。
不安だった。私はキッドが大好きだけど、じゃあキッドは?
私はキッドの近くにいていいのかな。私が想っていること重くはないかしら。
ずっといろんな想いが心の中にあった。
「…キッドには言うなって止められてたんだけどよ」
少しの沈黙の後、エルは話し始めた。
「何で俺たちがここに来たかってこと」
尋ねても答えてくれなかったのに、どうして今教えてくれるんだろう。
「俺たちが以前つかまえたアチモフが牢の中からキッドに映像メールを送ってきたんだ。たまたま俺はキッドの所に来てたんだけどな。で、アチモフが言うには、…俺たちに復讐してやるってことだった。やれるものならやってみろって思ったさ。あいつは口だけの所があるし、そう簡単に俺たちだってやられたりしない。俺は、…たぶんキッドも同じことを思ってたはずだ」
アチモフという名前なら聞いたことがある。お兄ちゃんが話してくれたっけ。
「――復讐の相手を聞くまでは。……あいつは、ドラえもんズのリーダーの妹がターゲットだと告げた」
「……それって…私のこと?」
どうして?
私の疑問に気づいたのか、エルはうなづく。
「分かってたんだろ。俺たちにとって大切な第三者を傷つけたほうが復讐になるって。それでも、まだそこまでなら余裕はあった。だが、メッセージが続く中、画像が変わった。……さすがに唖然としたぜ。リアルタイムのドラミが写ってたんだからな」
監視されていた?
驚いた。
便利な道具が手に入る時代。もちろん悪用されればたまったものではない物だってある。だから、通常防犯対策・及びプライバシー保護のためのセキュリティーが家々にしかれているのだ。
私がいるここは特に、お兄ちゃんがもう一つの安全システムを組み込んでいってくれた所。
それらを潜り抜けてきたなんて。
「次の瞬間にはキッドは部屋を飛び出してた。俺は急いでその後を追いながらタイムパトロールに説明して、アチモフを調べてもらうように頼んだ」
そしてここに着いたのだという。部屋をチェックして監視用超小型カメラを壊した所に、タイムパトロールからの連絡。アチモフが事をしでかす前に、無事確保したということだったらしい。
「何かをする前に、キッドは動いてた。ドラミの所に向かってったんだ。2、3日ここにいるって言ったのも、まだ心配だったからだぜ、たぶん。――つまりだな」
苦笑しながら、手品師のように両手からポンポンとバラを出す。
「キッドはああいう性格だから、うまく言葉に出来ないし、態度にも出せねえんだけど。………ドラミのことを誰よりも大切に想ってるってことは間違いない。オレが保障する」
話が終わった頃には目の前にバラの花束があった。
差し出されるままに受け取り、うつむく。
―――嬉しかった。キッドは助けに来てくれたんだ。
私にとってはやっぱりキッドは白馬の王子様。たぶんずっと。
怖がる必要なんてないのね。私はキッドが大好き。――自信を持ってそう思っていればいい。
バラのいい香りが花をかすめる。
ふと顔を上げると、エルと目があった。
「泣き止んだかい? セニョリータ」
いつもの調子でそう言って優しく頭をなでてくれた。
泣いてた? そう言えばかすかに視界がぼやけている。
「な、泣いてないわ!」
慌てて反論したけれど、まったく聞き耳持たずといった風で、「はいはい」と返されるだけだった。
なんとなく気恥ずかしくて、なんとなく心地よくて、しばらくされるままになっていた私が我に返るのは水が沸く10秒後―――――――――。
今日はエルにたくさん元気を貰った日。いつか、私もエルに元気を分けてあげられたらいいな。
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