牧師室より

 小学生の頃、図書委員になった。本好きな子どもだったので、立候補してなった。図書館蔵書の貸出の仕組みを覚えて貸出係をしたり、分類番号の仕組みを習って番号シール貼りをしたり、本棚から本を出す時には、背表紙の天に指を掛けて引っ張ってはならず背表紙上部を押して浮き上がった下のほうに手をかけて引き出すことなど、本の扱い方を教わったり、図書館蔵書の「虫干し」をしたり、とても面白く活動した。顧問のS先生の指導がとてもよかったのだ。しかし、そのS先生にひどく叱られたことも思い出す。図書委員会で、何かの議題で意見が出ずに会議が停滞した。すると「ぐじゅぐじゅして責任を引き受けたがらないで黙っているのは駄目。こういう雰囲気が続くと、気持ち悪くて吐きそうになるよ。意見を言えないならその理由を説明する発言をすればいい。そういうことができるのも、お互いの信頼だから。それが足りないのかな」と、怖い顔で。それから「私があなたがたを子ども扱いしてたかもしれない。それもいけなかったのかな。よし、これからは、クンとかチャンとか慣れあって呼ばず、男女すべてをさん付けで呼ぶから、みんなもせめて委員会の時は、お互いそうしなさい」と。S先生の怒り顔は怖かったのだが、「吐きそう」という表現と、「さん付け」提案がなんだか面白くて、その後の委員会も不思議と回るようになった。学校に出勤時は、レザーのコートにベレー帽、短髪でかすかに東北なまり、スカートをはかないS先生が大好きだった。後にこの方がクリスチャンであることをふとしたきっかけで知り、共に教会生活をしばらく送る幸いも得た。

 あれから半世紀。いま学校の三割強で、男子生徒を君付けで呼ばず、全員をさん付けで呼ぶことが定着してきたそうだ。そのニュースを聞き、S先生に会いたくなった。

      (中沢麻貴)