牧師室より

梅雨空が晴れない日が続いている。昨年の今頃は早々に梅雨明けし、夏の暑さにあえいでいた。6月中頃にはネムの花が開き、7月初めにはヤマユリも咲いていたのに、今年はようやくネムが咲き、ユリも蕾が膨らんできた。水不足は心配ないかもしれないが、各地の水害が気がかりだ。

 雨が続き河川の水かさが増すと、思い出す短編アニメがある。2008年に発表された『つみきのいえ』(加藤久仁生監督)。翌年アカデミー賞短編アニメ賞を受賞し、世界に知られるようになった作品である。

内容は、ほぼ水没した街に住む一人のおじいさんの日常を描いたものだ。短編なので、場所も時代も、街の水没理由も説明されない。夜に明かりは灯るし、独居のおじいさんは、小さなTVを見ながらの夕食なので、電気は通じているようだ。徐々に水かさが増すらしく、家は床まで浸水するたび、上へ上へと増築されている。おじいさんが自力でレンガを積んで不格好に増築された「つみきのいえ」。たまに、舟が生活用品を届けに来るので、どこかに他の人々や農工業は生き残って維持されているらしい。セリフは一切なく、静かにゆっくり暮らすおじいさんが描かれる。窓の外には、広がる水面と所々に突き出す主無き家々の屋根。ある日、おじいさんは、水中にうっかり落とした愛用のパイプを拾うため、潜水服で潜っていく。ついでに、思い出を辿りたくなったのか、次々と下の階へと降りていく。老妻を介護した日々、娘一家と同居の日々、娘の結婚、成長、誕生…。最上階は猫の額だが、家族が多かった頃は床面積も広く、さらに若い時代の下階は、つつましげな部屋。人生の思い出を遡行しつつ、ついに、一階へたどりつく。そこは、新婚の妻と二人してレンガを積んだ最初の家。おじいさんは、妻との出会いの頃を回想し、床からひとつの思い出の品を拾い上げて、最上階へと浮上する…

 素朴で温かい鉛筆画のようなタッチのアニメで、静謐で高い芸術性が世界で認められたのだと思う。私は、自分より十七も若い監督が、人生の縮小を静かに受け入れる人の生活を描こうと思ったことに、軽い驚きを覚えたものだ。作品の発表は、地球温暖化による海水面上昇が危機的に訴えられはじめた頃だったが、声高に環境問題や高齢者の孤独について何かを訴える視点は感じられない。思い出も経済成長も、すべて水面下で過去となる。人の生活は(もしかしたら「人類」も)、儚き積み木の上にあるのだろうか。  (中沢麻貴)