牧師室より

昨年、日産自動車のカルロス・ゴーン氏が東京地検特捜部に逮捕された。何度か保釈請求が出されたようだが、未だに拘束が続いている。本来ならば、23日間しか同一容疑での取り調べができないことになっているが、実際には別件逮捕が繰り返され長期拘留が続いている。

 逮捕されたのは、有価証券報告書に、実際の報酬額より少ない金額を記載した容疑だ。まず東京地検は、5年分について約50億円分の報告が少なかったとした。そしてその後、3年分約40億円分を過小報告したということで再逮捕した。つまり「5年分」と「3年分」をわざわざ分割して逮捕を繰り返したことになる。同一容疑での取り調べはできないはずなのだが、分割することで勾留延長が可能だと主張しているようだ。しかもゴーン氏の弁護士は、「分割逮捕」をしないよう、事前に申し入れをしていたと聞く。いくらでも「別件逮捕」ができるならば、もはや法はあっても無いに等しい。

 海外メディアは、日本の司法に対して批判的だが、東京地検側は、「国によって制度は異なり、自国と違うからといって批判するのはいかがなものか」と反論している。確かに欧米の法は、日本の法とは異なる。もっとも注目すべき点は、取り調べの際の弁護士立ち会いの権利だ。日本では認められない。その1点の違いこそが、もっとも問題なのだ。なぜならば、検察が描いたストーリーを認めなければ保釈しないという状況を作り出し、自白の強要が行われ、冤罪を生む原因となっているからだ。

 今年は天皇の代替わり行事、来年はオリンピックが予定されている。すでにマスコミ等によって大量の情報が流布され、国家的行事に反対する人たちなど存在しないかのようだが、実際にはそうではない。国家的行事には国家的弾圧が、漏れなくセットでついてくる。名も無い市民たちへの弾圧は、社会の無関心の中でいつも起きているのだ。

本日は礼拝後に、「天皇代替わりを迎えるとき」と題して、堀江牧師の学習会が予定されている。(中沢譲)