牧師室より

冬の里山を散歩していると、日当たりの良い丘の斜面には、もうスイセンが花開いている。近寄ってみると、フタホシヒラタアブが、花に首を突っ込んでせっせと吸蜜している。ハエに近い仲間で、針もなく刺したりはしないが、黄色い斑模様や空中停止で飛んでいるさまは、蜂に擬態しているらしい。ただ、体長せいぜい1センチのおチビさんなので、ブンブン威嚇的?に飛ばれても、なんだかいじらしくて笑ってしまう。さらに横から見るとヒラタアブの名の通り、びっくりするくらい薄べったい、ぺちゃんこ体形で、見かけ倒しも甚だしい。冬から春の散歩でよく出会う、楽しい友である。

 しかし、ヒラタアブをばかにしてはいけない。無農薬有機栽培で園芸をする人々にとっては、彼らは大切な存在だ。成虫は花を吸蜜して暮らすが、幼虫はアブラムシの体液を吸うのだ。バラの葉茎にアブラムシがわき始める頃、その葉をよく見ると、アブラムシのコロニーの周辺に、1ミリ程度の白いポツっとしたものが数個くっついていることがある。それこそヒラタアブの卵なのだ。孵化した幼虫は、せっせとアブラムシを捕まえて体液を吸い尽くしていく。アブラムシにとって、ヒラタアブは恐るべき吸血鬼というわけだ。

アブラムシよりアブのほうがライフサイクルは長い。年に何度も代替わりするアブラムシより、アブのほうが、一生が長いのだ。なので、殺虫剤でアブラムシを駆除すると、葉上の虫たちは一掃されるが、アブよりアブラムシのほうが早く戻って来る。捕食者のアブが回復する前にアブラムシだけが増えることになり、かえってアブラムシの大量発生になったりする。なので、薬を撒くよりアブさんたちを大事にするほうが賢明なやり方ではないか。

宝石のような海を土砂で埋めて軍事基地を引っ越させたり、他国との間に壁を作ったり、面倒な事態を示す資料や統計を捨てたり隠したり、目先のことしか考えずに公共の在り方が決定される人間社会のありようを見ていると、ニンゲンである自分が情けなく感じられる。ヒラタアブに倣い、主張すべき時は己の浅学さを顧みず、恐れず声をあげ、日ごろは、せっせと身近な差別偏見の芽を摘むようでありたいと、スイセンの香を嗅ぎつつ思う。 (中沢麻貴)