牧師室より

 生物教師だった十年間は毎年、主に高校生対象に、遺伝学の基礎を教えていた。遺伝子は、細胞の中にある染色体に含まれている。DNA分子の、二重らせん構造をした長い鎖状の配列中に、まるで暗号のように遺伝情報は組み込まれているのだ。ヒトを例にすると、一つの細胞中には、通常46本の染色体がある。これは23本で1セットになった染色体が、それぞれ卵子と精子に含まれていたことに由来する。なので、あること(例えば血液型)についての遺伝子はペアになっている。そして血液型A型の遺伝子と、O型の遺伝子をペアに持っている人は、血液型はA型になる。O型の遺伝情報もその人は持っているのだが、性質が発揮されることはない。もし子ども世代でO型の遺伝子がペアになれば、子どもにはO型の血液型が現れる(AB型などさらなる説明は、あと45分授業しないと正しく説明できないので割愛)。

遺伝子はこのようにペアになるので、上記のA型遺伝子のように、そのとき性質を発揮するものを優性、O型遺伝子のように優性遺伝子とペアになったときは性質を発揮しないものを劣性と、遺伝学の用語では長らく呼んできた。このような優性・劣性の法則は、メンデルが「遺伝の法則」として発見した。日本では遺伝学の学術用語dominantrecessiveの訳語として優性、劣性という用語が教科書などで使われて来た。しかし、日本遺伝学会は、用語集の出版に伴い、「優性・劣性」に代わる訳語として「顕性・潜性」を提唱することとなった。遺伝子に、優れたものと劣ったものがあるという、誤った差別偏見意識の助長を避けるためである。variationも「変異」から「多様性」に訳語が変わるらしい。早く教科書の記述も刷新されることを望む。差別偏見を払しょくするための遺伝の授業を心掛けて来た一人としての切なる思いである。(中沢麻貴)