牧師室より

 平和聖日ということもあり、『聖書を読んだ30人』(鈴木範久著、日本聖書協会)から山本五十六氏の項を紹介する。連合艦隊司令長官であった山本五十六氏は、19434月に戦死した。南方戦線を視察中に撃墜されたことは良く知られている。「大本営発表」を聞いて浮かれていた当時の日本人にとって、彼の“突然の死”は、たいへんな驚きであったことだろう。しかし歴史を知る者から見て、開戦1年半弱での山本氏の戦死は、日本の敗北を予見させる象徴的事件であったのだと思う。

 新潟県長岡にある山本五十六記念館には、英文の欽定訳新約聖書が保存されている。携帯用小型聖書だ。

 山本氏は1926年に在アメリカ合衆国日本国大使館付武官を務めている。彼が聖書を入手したのは、この時期だと著者の鈴木氏は考えている。彼はキリスト者ではなかったが、大使館勤務の同僚の武官には、武井大助氏というキリスト者もいた。武井氏は戦後、日本YMCA同盟委員長を務めた人物でもある。この時期、山本氏は、自分の子どもたちにクリスマスカードを送ったという。著者は「聖書に親しんだ片鱗」だと、このエピソードを紹介している。

 山本氏は、「日本がドイツ、イタリーと結んだ三国軍事同盟には反対意見を抱いていた。両国と手を結ぶことで、アメリカとの戦争になるおそれを抱いたからである」という。彼は「アメリカとの戦争に消極的であった」のである。なぜならば「日本の資力では勝敗は明らか」であったからだ。アメリカの地で、軍事力の差、国力の違いを見せつけられていたからである。海軍には、同様の意見の人が多いと聞く。にもかかわらず戦争は止まらなかった。山本氏自身も、真珠湾攻撃に、総指揮官として参加している。彼と等しく、聖書に親しむ者として残念な話である。

(中沢譲)