牧師室より

 東京下町から横浜郊外に引っ越し、あっという間に三年と少しの時間が経った。起伏の多い地形に、住宅街と共に、雑木林や田畑が散在している風景を見ていると、「帰って来た」という思いが湧き、自分でも驚く。郷土愛など無縁の生き方をしてきたつもりだからだ。北海道、東京、埼玉など、細かい移動も含めれば十回ほど転居してきた。どこに住んでもそれぞれの土地に、面白い風景や人の暮らしがあって、引っ越しを常に楽しんできたように思う。それと共に、引っ越しを重ねるにつれて、だんだん「職住接近」の生活スタイルに馴染んできたように感じる。

仕事している場所と暮らしている場所が近接していることが、自分には生活スタイルとして、あっているのだとつくづく思う。牧師という仕事は、それを可能にしてくれるので、感謝である。仕事と生活を、二つの別項目とし、それらをキッチリ分けて生きる生活スタイルもあるが、そうした生き方が、私はできない。

 ただし、パソコンの前に座って、こうして文章を書いている時に、次の食事の献立などが気になると集中できないので、一日分の献立や必要な食材の買い物などは、メモに書き出して冷蔵庫に貼っておく。そうやって、食事の心配はアウトプットしてしまい、アタマの容量を確保しないと、文章にするようなムズカシイことを十分に考えることができない。器の小さい人間なのである。せっかくそうして集中して文章を書こうとしても、ふと疑問に感じたことをネットや蔵書で調べ始めると、いつの間にか脱線し、書かねばならぬことから、果てしなく遠くに来てしまったことに気づき、慌てることも多い。枝葉末節がすぐにあふれ出す、お行儀の悪い人間なのである。

 思考や作業の中で、必要に迫られて引いた境界線は、すぐに乗り越えられてしまう。信念の人という理想は、とうの昔にあきらめた。その後の理想として、1990年代から言われ始めた「半農半X(エックス)」という生き方に惹かれるものを感じる。耕すこと(食べるための働き)に、あと半分それ以外の何かを足して、それで生きることをみんなが実践できれば、速度超過で生産性を追い求め、環境破壊している今の世界のありようをスローダウンできるのでは、と提唱された。「半農」には、自分以外の命のことを、念頭に置き、手間をかけるということが含まれると思う。長時間労働で頑張っておられる方々には叱られそうだが、あえて減速の提案である。   (中沢麻貴)