牧師室より

 受難週になると思い出す映画がある。アンジェイ・ワイダ監督の『聖週間』だ。ワルシャワ・ゲットー蜂起(19434月)の、“傍(かたわ)らに立てなかった”ポーランドの姿を描く。ゲットーとは、ユダヤ人を強制的に収容した居住区のこと。キリスト教徒がユダヤ人に対して行ってきた隔離政策で、ナチスも行った。

 映画の主人公はユダヤ人女性。舞台となったワルシャワはドイツ占領下のポーランドであり、映画監督もポーランド人である。一部のポーランド人は蜂起を支援するが、多くのポーランド人は、ユダヤ人たちに同情しつつも、彼らに関わることは迷惑だと感じていた。やがて武装蜂起は、残忍な形で鎮圧され(約2万人のユダヤ人が死亡)、引き上げるドイツ軍兵士たちの傍らを通って、ポーランド社会に居場所を失った主人公が、廃墟と化したゲットーに向かうシーンで映画は終わる。

 結果として、ユダヤ人を見捨ててしまったポーランドの罪を問う、重い作品だ。ワイダ氏の作品をいくつか観たが、彼は作品を通して、ポーランドの“明”と“暗”を、隠さず明らかにしようとしたようだ。蜂起を起こしたユダヤ人にとっては、過越祭の時期であったが、ワイダ監督があえて『聖週間』と題したのは、主イエスの十字架を覚えてのことなのだと感じる。

 「聖週間」(カトリック)とは、「受難週」のこと。その初日は、「棕櫚の主日」、「基督苦難主日」とも呼ばれ、主のエルサレム入城を記念する日である。群衆がナツメヤシ(聖書によってはシュロと翻訳)の枝を手にとって主を出迎えたことにちなみ、シュロの葉で作った十字架を配る教会もある。また東方正教会では「主の聖枝祭」と呼んで祝う。ロシアでは、棕櫚のかわりに、おもにネコヤナギを用いるため“ネコヤナギの主日”とも呼ぶそうだ。              (中沢譲)