牧師室より

クリスマスおめでとうございます。

 子どもの教会では、12月は、礼拝後の分級で、クリスマスの礼拝の中でする聖誕劇の紙人形芝居の練習をしてきました。小学生も中高生も一緒に、人形の動きに合わせて、台本の読み合わせをしました。

 ある日の練習後、出席者に配られる聖句入りカードをカード帳に貼っている時のことです。その日は、小学生二人と中高生二人、全員女子の出席者でした。ひょろりと背高なお姉さん二人と、小柄だけどおませさんな小学生二人が、仲良く並んでカードを貼っている光景は、なかなかほほえましかったです。

 キリスト教主義学校に通っている小学生のIちゃんが、言いました。「あ〜あ、クリスマスってサ、どこに行ってもおんなじ話をするんだよね」。これには、リーダーの大人たちは苦笑してしまいました。背高お姉さんの一人が、「それは、聖書には別の話って無いわけだから」と、冷静に答えてくれました。小学生が、「カードからノリがはみ出ちゃうよ」と言うと、背高お姉さんは、「ていねいに塗れば、はみ出ません」と、キッパリ返してくれるので、リーダーは楽しく見守るばかりです。

 クリスマスは、いつも同じ話・・・Iちゃんの言ったことを、後から思いめぐらしました。よく考えてみると、クリスマスのお話は一つではないことに気づきます。洗礼者ヨハネの母エリサベトとイエス様の母マリアは、実は親戚だったと語るルカによる福音書の話、マリアに受胎告知の天使が訪れる話、ベツレヘムの宿屋が満室で泊まる場所がなかったヨセフとマリアの話、羊飼いたちが天使に告げられて飼い葉桶の幼子を見つける話、マタイによる福音書の東方から訪れる学者たちの話・・・いくつもの断片が、幼子の誕生を結び目にして、一つに結ばれているのです。それは御子の誕生が、人々を結び合わせている姿です。そして、私たちも、そこに加わるように招かれているのです。    (中沢麻貴)