牧師室より

イースター(復活日)は、より由来が古いユダヤ教の過越祭との関係で日付が定まっており、これは聖書の記述に根拠があります。しかし、クリスマスの日付には、聖書的根拠はありません。昼間の時間が最も短くなる冬至の頃、4世紀のローマでは、太陽神誕生を祝う習慣があったようです。当時のキリスト教徒が、これに対抗するように、イエス・キリストこそ「真の正義の太陽」(マラキ320)であるとして、1225日にクリスマスを祝うようになったと伝えられています。冬至は、昼の時間が短縮から延長へと転換する日なので、希望の光である救い主誕生を想う祝祭の時としては、ふさわしいのかもしれません。

 では、プロテスタント教会の「聖徒の日」のもとになった、カトリック教会の「諸聖人の日(万聖節)」が、秋から冬に季節が変わるこの時期にあるのはなぜでしょうか。教会が聖人や殉教者のために祈る日と、ケルト文化の影響で夏の終わりに訪れると考えられていた死者たちの霊に関わる日本のお盆のような習慣とが融合したとも言われています。

収穫の秋が過ぎ、冬に向かうこの季節には、心に衰退や喪失のイメージ、あるいは寂寥感がわきやすいかもしれません。けれども天に召された方々のことを静かに心に想い、神様に祈るとき、死がすべてにおいての終止符ではないことを、私たちは知らされます。召された方々の生涯に、恵みと祝福を置いてくださった神様の深い配慮のうちに、わたしたちの人生もまた置かれています。生きる希望の光として救い主を与えてくださる神様を見失わずに、クリスマスへの道のりをしっかりと歩んで行きたいと思います。  

  (中沢麻貴)