牧師室より

神学生の頃、「キリスト教史」のような歴史の勉強は、けっこうしんどかったです。牧師を目指すなら、これくらいは知っていますよね、という前提が満たせない不勉強さがあったからです。キリスト教の歴史は、学べば興味深いことが沢山あります。でも、なんと知らないことが多いことよ、と痛感するばかりでした。 

 牧師になってからも、相変わらずその点は勉強不足です。けれども、こっそり不足分を楽しく補う本にも出会いました。勉強とは言えませんが、歴史に親しむことができる、キリスト教の及んだ地域と時代に題材をとった歴史ミステリー小説です。

二つのお気に入りを紹介したいと思います。一つは、エリス・ピーターズ著の『修道士カドフェル・シリーズ』です。舞台は12世紀前半の内戦に苦しむイングランドです。主人公は、修道院でハーブ園の管理をしている修道士カドフェル。彼が探偵役となり様々な事件に取り組むミステリーですが、内戦時代における地方の修道院の、地域社会での位置付けや役割が、想像力豊かに描写されていて興味深いです。例えば、地域紛争の当事者である領主などの地位にある人同士が、できれば話し合いによる解決をしたくても、表だって会うことが難しい時、中立的立場の修道院で、偶然を装って出会うチャンスを作るとか。政治的に中立といっても、修道院が様々な政治の舞台となり、場合によっては、事態の平和的解決に積極的な役割を果たすこともありえた、と知りました。もちろん逆に、宗教界の権力闘争が、地域紛争に火をつける場合もあるのですが。ピーターズの緻密な歴史的知識の集積力と、歴史の局面を、一介の修道士の目を通して描写する、その筆力に感服しました。

 もう一つは、ピーター・トレメイン著の『修道女フィデルマ・シリーズ』。7世紀のアイルランドが舞台です。当時は、古代アイルランドの文化を色濃く反映したケルト系キリスト教が、この地に根付いていました。ローマ教会とはかなり異質の教会文化があったのです。古代アイルランド社会は驚くほど男女平等な側面を持ち、主人公の修道女フィデルマも、修道女であると同時に法廷弁護士という設定です。法律の有資格者としての仕事と修道女という身分が両立している時代があった、というところが実に興味深いです。ケルト系キリスト教は、やがてキリスト教界の中心となっていくローマ教会からみれば周縁部とみなされるわけですが、ローマを中心とした教義論争を、辛辣で客観的な法律家の目で見るフィデルマに、痛快さを感じました。

どちらも文庫本でシリーズになっています。     (中沢麻貴)