牧師室より

 「読書の秋」というには、少し早すぎる季節ですが、少し本のことを書きます。今年ついに、誘惑に負けて電子書籍の端末を入手しました。牧師になって以後、三回引越しましたが、その度に蔵書の量と重さで、引越し屋さんに重労働を強いて、申し訳ないというのが口実です。さっそく夏に、かさばるので入手を我慢していた、ある小説を電子書籍で読みました。上橋菜穂子氏の『獣の奏者(けもののそうじゃ)』です。架空世界の人間と歴史が描かれており、分類としては児童文学でファンタジーとみなされているようですが、作者の上橋氏は、幅広い年齢層を読者として視野に入れて執筆されたと聞きます。大変読みごたえがありました。戦争の道具として使役される生き物「闘蛇」の医師で調教師である女性を母にもつ少女が、国家や民族間の紛争に翻弄される運命を背負いつつ、自分や周囲の人々、そして獣たちが、戦争の道具とならずに生きる道を模索しながら生き抜いて成長していく物語です。最初から戦争の当事者として生きることを、時代の中で運命づけられてしまった一人の女性の、力強い一生を描いて圧巻でした。神話的宗教観が濃厚な世界で、人はどのように生きるのか、ということが丁寧に描かれているという点で、聖書を読むうえでもヒントをたくさん得た気がします。また、肉親の戦争責任をどのように担い、それを乗り越えて平和への道を切り開くのか、という重いテーマに真正面から取り組んだ作品としても価値を感じました。      (中沢麻貴)