牧師室より

「イエスは旅に疲れて、そのまま井戸のそばに座っておられた。」(ヨハネ46より)ある時、この短い言葉にはっとしました。ああ、イエス様は、疲れを知らぬ超人ではなくて、私たちと同じように暑い日中には、へとへとになって座り込むこともある方だ、と福音書は伝えているのだなと。そのことに気付いた時、それは私にとって、とても慰めに満ちた光景でした。サマリアの女性との長い対話が、そうした光景から始まっていることに深い味わいを感じます。

 皆さんは日曜日、どのように教会にたどり着かれますか。元気に笑顔で来られる方もあれば、疲れ切ってようやくの思いで来られる方もあるでしょう。空っぽの心に、みことばをいっぱいに満たしたいと願って来られる方も、溢れそうな思いを、重荷として降ろすために来られる方もあるでしょう。そのすべての人々を、イエス様は、よく来ましたね、と迎えてくださる方なのだと思います。

 信徒だったころ、長年の友人で知的障がいを持つYちゃんは、礼拝のとき、よく私の隣に座ってくれました。私が居眠りすると、ドンとつっついて起こし、私が咳き込むと、こっそり飴を渡してくれました。みことばを分かち合う幸いが、そこにありました。      (中沢麻貴)