牧師室より

キリスト教の月刊誌『福音と世界』は、田中正造没後100年に当たり、特集号を出している。田中は、日本最初の公害と言われる足尾銅山の鉱毒被害に身を挺して闘った人である。

日清日露戦争期、足尾銅山は、国を支える大きな産業であった。しかし、内部においては過酷な強制労働が課せられ、外部においては人間と環境を著しく破壊する鉱毒を流し続けた。明治政府と銅山経営者は、被害を過小評価し、科学者を動員して、操業停止を回避し続けた。

田中は、衆議院議員として、議会で被害の実態を激しく告発した。そして、明治天皇にも直訴した。しかし、鉱毒の垂れ流しを阻止できなかった。田中は、獄中で手にした聖書を読み、国家を超えた、天神を見出し、方向を転換した。政治家をやめ、鉱毒に侵された「谷中村」に住み、地域共同体における直接民主主義の闘いへと転換した。田中は、虐げられ弾圧された地獄のような谷中村に、「天国」があると確信し、彼らと共に生き、死んだ。死の床には、大日本帝国憲法とマタイ福音書をつづり合わせたものが残されていたという。

国家や企業の巨大プロジェクトが進められる背景には、弱者の犠牲がある。54基もの原発が作られていった背後には、弱者を犠牲にした構造がある。そして、今回の大事故となった。原発事故は、足尾銅山の鉱毒をはるかに超える公害である。

2020年のオリンピックが東京に招致されることが決まり、大騒ぎをしている。オリンピックは不正や利権を生み出さないように、発祥の地、アテネで毎回、開催すればよいと思う。招致のためのエネルギーとお金は膨大なものであろう。そのエネルギーとお金を東日本大震災の復興に用いれば、どんなに有効に働いたか。オリンピック騒ぎで、被災者が忘れられ、復興が遅れないことを願う。

安倍首相は、ブエノスアイレスで「汚染水による影響は福島第一原発の港湾内で完全にブロックされている。日本の食品や水の安全基準は世界でも最も厳しく、健康問題は今もこれからも全く問題ないことを約束する」と明言した。国内で聞いたことのない言葉を、外国で発している。メルトダウンした原発は現在、処理方法を見出せないのではないか。福島の子どもたちの間で、多くの甲状腺異常が報告されている。放射能との因果関係は究明されていないが、異常な発生率から考えると、多くの人が関連を疑っている。