◇牧師室より

 朴炯圭牧師の『路上の信仰 韓国民主化闘争を闘った一牧師の回想』を感銘をもって読んだ。

 朴牧師は、韓国の軍事政権下、独裁政権に真正面から立ち向かったため、6回の投獄を経験している。大きな犠牲と忍耐の中で、生き生きした活動を告白している。軍事政権は、民主化闘争に関わる人々を北朝鮮に同調する「共産主義者」と烙印し、葬り去る政策を強行していた。朴牧師にも「共産主義者」に仕立てようと、あらゆる手段を用いている。拷問室に連れて行かれ、脅迫されたが、拷問は避けられた。しかし、多くの人が拷問を受けて障害者になり、亡くなった人々もあったと報告している。当局は、朴牧師に教会活動に專念し、政治活動はするなと脅迫した。それに対し、政治活動に関心はなく、教会の信仰告白として、活動していると答えている。その活動はあくまで、非暴力であった。

伝道、牧会していたソウル・チェイル教会の牧師辞任を迫られ、礼拝妨害を受け、警察署前で、6年間路上礼拝を続けた。ソウルの夏は暑く、冬は寒い。しかし、多い時は、400人もの礼拝者があったという。

私の友人の山本将信牧師が仕えていた西片町教会はソウル・チェイル教会と姉妹教会になり支援していた。訪問した山本牧師に当局は、説教しないようにと厳命した。彼は「私は説教に来たのではありません。西片町教会から挨拶に来ました」と言って、メッセージを語ったそうである。

 朴牧師は、ボンフェファー、マルチン・ニーメラー、シモーヌ・ヴェイユ、そして咸鍚憲などに深く学んでいる。その学びは下記の言葉に集約される。「イエスをキリストと告白する行為は、個人の魂の救いを超えなければならない。現実の中の生活の救い、社会的な救い、歴史的な救いにまで至らねばならない」。

謙遜な振る舞い、愛に向かう大胆さに心を打たれる。そして、苦難を負う人々によって、福音の真実が現されていくことを知らされる。

1983年、カナダで開かれた第6回WCC総会で主題講演をしている。その講演で語っている言葉が、朴牧師の信仰の核心であろう。「永遠の命は死を通してやってきます。祝福は貧しさを通して訪れ、復活は死を通してやってきます。力弱い者だけが死の力に勝ちます。死を通してのみ死の力に打ち勝ちます。これが命の逆説なのです」。