◇牧師室より

私は小説も好きであるが、読む機会は少ない。昨年と今年の「直木賞受賞作」を読んだ。昨年は、池井戸潤氏の『下町ロケット』で、小さな町工場の社長が、苦労の末、宇宙ロケットを飛ばす企画に参画する、元気の出る小説であった。今年は、葉室 麟氏の『蜩(ひぐらし)ノ記』で、無実の罪を負わされて10年後の切腹を命じられた武士の物語である。切腹していくので、悲しみが底を流れている。しかし、二つの小説の主人公たちは妥協せず「凛」とした生き方を貫いている。それが、閉塞状況にある今日、受け入れられているのであろう。

『蜩ノ記』は、豊後の国が舞台になっている。豊後は私の故郷で、豊後弁の会話を懐かしく思った。

そして、豊後の「七島筵(しちとうむしろ)」の話があり、子供の頃を思い出した。畳は「備後表」がよく知られている。備後表はきめ細かく、繊細な畳である。

七島筵は「青筵」と言われ、きめは粗いが、丈夫である。『蜩ノ記』の主人公の戸田秋谷が七島筵の生産を押し進め、農家に現金収入をもたらす功績があったという。

七島筵は狭い土地での栽培が可能で、高額で売ることができた。しかし、完成するまでの手間は大変であった。藺草(いぐさ)の苗を育て、それを水田に植え替える。1.5メートルくらいに成長させ刈り取る。藺草は太いので針金を通して二つに裂いて、天日に干す。それを、筵織り機で編んでいく。筵の縦糸になる「より糸」作りも大変手間がかかる。七島筵作りの工程を髣髴と思い出した。

小説は、支配する武士と抗う農家の熾烈な戦いを描いている。その戦いにおいて、人々の心は複雑に屈折していく。身を捨てて、他を生かす美しい生き方に感動を覚える、一服の清涼剤であった。