牧師室よ

ドナルド・キーン氏は、東日本大震災後、日本に骨を埋める決意をして来日された。ご自身が「私は骨の髄からの平和主義者で、戦争ほどの罪悪はないと信じていましたから」と言っているように、徹底した反戦主義者である。武器を持って殺し合うことを嫌い、日本語の語学将校の道を進んだ。そして、日本人捕虜の聞き取り調査に当たった。彼らとの交流から、日本人の心を理解し、愛するようになった。日本の古典から現代に至る文学を学び、素晴らしい業績をあげ、海外にも紹介している。理解の深さと広さに圧倒される。

2009年に出された『日本人の戦争−作家の日記を読む』は著名な作家たちが戦中、戦後に書いた日記から、当時の彼らの思いを伝えている。海外生活をしたインテリでも、戦争に酔いしれ、のめり込んでいった人もいる。声をあげて反対は言えなかったが、冷ややかにみていた人もいる。キーン氏は、それらの人々を温かく見つめている。その視点に日本人への限りない愛情を感じる。

昨年の8月に、キーン氏は、日赤看護大学教授の小池政行氏を聞き手として『戦場のエロイカ・シンフォニー(ベートーヴェンの交響曲3番 英雄)−私が体験した日米戦』を出版している。二人は、戦争に関わり合った日本人と米国人について、興味深い対談を繰り広げている。

キーン氏は、人柄が偲ばれる美しい出来事について語っている。一人の日本人捕虜が「音楽を聴けないのが辛い。私は『ベートーヴェンの英雄』が好きです」と言った。早速、蓄音機とレコードを買い揃え、音が良く響くシャワー室で、コンサートを開いた。始めに日本の流行歌を流した。懐かしがり、涙ぐむ者もいた。その後、希望された「ベートーヴェンの英雄」をかけた。収容所のコンサートは敵味方をこえて結び合い、喜んだ、と。戦場でも、心温まる嬉しいことがある。人は優しい心に触れると優しくなれる。