◇牧師室より◇

上野英信氏の『追われゆく抗夫たち』を、何回読んだだろうか。日本の近代化、軍国主義化と経済成長を石炭産業が支えてきた。石炭は「黒いダイヤ」と言われ、エネルギーの根幹であった。しかし、石油エネルギーへの転換が図られ、炭鉱は次々に閉鎖されていった。英信氏は、地獄のような地底で炭鉱産業を担った抗夫たちを愛し、追われゆく彼らの実像を描き出している。

英信氏の息子の朱氏が『父を焼く −上野英信と筑豊』を著している。その本の中に、筑豊のヤマで50余年働いた山本作兵衛氏がしばしば現れる作兵衛氏は、60歳を過ぎてから、子やその孫たちに炭鉱の現実を伝えようとして、絵筆をとり、幼い頃から見てきた抗夫たちの労働と生活を千枚に及ぶ絵に描き残した。

その作兵衛氏の絵がユネスコの「世界記憶遺産」に日本では初めて登録されたというニュースを聞いた。「世界記憶遺産」は「アンネの日記」、「ベートーヴェンの第九草稿」、「フランス人権宣言」などが登録されている。これらと同等の遺産として認められた。快挙である。

作兵衛氏は1967年に『画文集 炭鉱(ヤマ)に生きる 地の底の人生記録』を出している。世界記憶遺産の登録を機に、新装版が上梓された。学識もなく、絵画を学んだこともない作兵衛氏は、大酒飲みだったそうだが、働きづめであった。ヤマの仕事と生活環境を正確に記憶し、言葉を失うほどの過酷な労働と貧しさに耐えた姿を克明に描いている。絵が世に知られるようになっても、一枚もお金にせず、質素で清らかな身ぶりは変わらなかった。そして「無学な絵好きの馬鹿もんでございます」と言っていたという。気が滅入る世相の中で「人間、捨てたものではない」と嬉しく思った。誠実に生きようとする人はいる。それが人々に勇気を与える。

時代はいつも埋もれた底辺労働者によって支えられている事実を知らされた。原発事故処理を担っている人々を思う。