◇牧師室より◇

内村鑑三の研究者・鈴木範久氏が「近代日本のバイブル 内村鑑三の『後世への最大遺物(以後−後世へ)』はどのように読まれてきたか」を著わしている。『後世へ』は読む人々にバイブルのような大きな影響を与えてきた。正宗白鳥、西田幾多郎、矢内原忠雄、藤林益三、木下順二など、著名人の『後世へ』から示唆された生き方と、現代の若者たちによる32通の読後感を掲載している。読者からの反響をまとめた、極めて特異な本である。もちろん、『後世へ』も載せている。

内村は1894年、YMCAで『後世へ』を講演した。後世に遺す天職は事業を起こして金を得、それを社会のために使うこと、思想や文学を著す、また教育によって人に感化を与えることなどがある。しかし、これらは誰もができる仕事ではない。誰もができることは「勇ましい高尚なる生涯」であると語っている。地位、名声、財産、権力は得られなくとも、また人に知られなくとも「無用者」として、この世を愛して奉仕を貫く、自分自身で納得のいく生涯がある。「此世の中は悲嘆の世の中でなくして、歓喜の世の中であるといふ考を我々の生涯に実行して、其生涯を世の中の贈物として此世を去るといふことであります。其遺物は誰にも遺すことの出来る遺物ではないかと思ふ」と講演している。

内村は「不敬事件」を始め、幾多の挫折を経験している。著者の鈴木氏は、内村は「現世」での挫折から「来世」を発見したのではないかと推測している。私たちは現世に固執しているが、来世を思って現世を生きることは、聖書が告げる終末論的生き方につながる。

無名の若者たちの読後感が素晴らしい。「一番心に残ったのは、『無用者』についてです。私には、お金、特別な才能はありません。その自覚から『勇ましい高尚なる生涯』が始まるということに救いを感じました。無用者だからこそ、見えるものがあり、反俗精神が生まれると思います。」「悩み、挫折し、自分の価値を見失ったからこそ神の存在を感じ、愛に生きることができるのだと、まさに無用者こそができる『勇ましい高尚なる生涯』という生き方だと納得しました。私自身、高校で不登校をし、一度挫折を経験した者として、大切なのは『無用者』としてしっかり自覚し、その上で生きることだと思います。」

若者たちの率直な反応から『後世へ』のメッセージの確かさが伝わり、彼らの生きる姿勢は頼もしい。