牧師室より

私は初めて聖書を読んだ時、マタイ、ルカ福音書が記す主イエス誕生の記述を神話的物語として読んだ。ところが、教会に行ってみると、これらの記述を歴史的事実として読む人がいることを知り、驚いた。聖書は間違いのない「神の言葉」であるとする教会の伝統的な読み方を教えられてきたからだと知った。誕生の記述は文献学的に神話的に創作された「降誕物語」ある。

米国の聖書学者であるJD・クロッサン/MJ・ボーグの二人は以前に『イエス最後の一週間』を著わし、受難週のイエスの苦難と死の出来事を浮き彫りにした。その続編として、昨年の10月に『最初のクリスマス −福音書が語るイエス誕生物語−』が翻訳、出版された。

「事実」のみが「真実」を表すと考えがちであるが、主イエスの譬えが真実を語っているように、創作された神話が真理を表す。

『最初のクリスマス』には、旧約聖書から引用された言葉、当時の素朴な民間信仰、歴史的人物や状況などを解きほぐし「降誕物語」の編集意図を克明に解説している。その解説は、主イエスが現した福音をコンパクトに説き明かした「小さな福音書」として、見事なクリスマスメッセージになって展開されている。

私は、主イエスの降誕は「神は我々と共におられる・インマヌエル」の奇跡の実現、成就だと信じている。主イエスの降誕によって、神と結び合うことができたのだから「おとめマリアからの、聖霊による」誕生という表現に何の違和感もない。

『最初のクリスマス』では、武力を持って民を支配した領主ヘロデとローマ皇帝に対し、愛と奉仕を貫いた主イエスの対比を力説している。米国の二人の聖書学者は、現在の米国を「帝国」と呼び、武力によって立つ米帝国に「降誕物語」を信じるキリスト者はどのように向き合うのかと熱く問いかけている。

聖書は伝統に縛られて読むだけではなく、著者たちが持っていた本来の意図に沿って読む時、素晴らしい生きたメッセージが伝わってくる。