◇小井沼眞樹子宣教師からのメール(先週の続き)◇

ベテランの信徒と2人組で一軒一軒ドアを叩いてまわり、話を聞いてくれる人がいるときは入って話します。まだ2回目の訪問ですが、私にはすべて新しい体験なのでとても有益です。

 この貧しい地域にも大小さまざまなペンテコステ派の教会があり、多くの人たちが通っています。身なりを整え聖書を小脇に抱えて歩いているのですぐにわかります。女性はスカート、男性は背広姿かYシャツにネクタイと決められている。信仰があれば奇跡が起こって生活が良くなると説いているので、人々は日曜も週日も熱心に集会に通い、教会づけにされています。いろいろ生活上の規則が多く、服従することが信仰の証しのように説いて自分の頭で考えることをさせず、さらに献金をするように勧めます。これは新たな人間の奴隷化ではないでしょうか?それが一大キャンペーンで信徒を獲得し、資金を集めテレビ局ラジオ局を買い取り、一日中宗教番組を流し民衆を洗脳しているのです。キリスト教会と言っても内容が全く違い、それが私たちの教会にとって最大の信仰の妨げになっているような気がします。信徒たちはその違いがわからず、強く影響を受けているからです。

  共に生きていく関係性=共同体をどのように形造っていくか、まだまだ暗中模索の日々が続くでしょう。

◇牧師室より◇

眞樹子師から「私が日常生活で感じていることを書いたもので間違いがあるかも知れません。それを明記して転載ください。」というお許しを得て二回に渡って転載しました。遣わされている場とそこでの宣教の模様が真っ直ぐに伝わってきます。教会は貧しい人々の群れのようです。その貧しさの中で、主イエスへの信仰によって人間らしい尊厳を持って生きたいと戦っている姿が目に浮かびます。また、奇跡をひたすらに求める人々の姿は主イエスに群がったガリラヤの民衆と重なって見えます。

眞樹子師のお働きの上に主イエスの祝福を祈りたいと思います。