牧師室より

米国のポール・ポースト氏が著した「戦争の経済学」を山形浩生氏が翻訳、出版している。本の題名を見て、誰もが読んでみたいと思うのではないだろうか。新聞の書評では高校生の学力があれば、読めると書いてあったが、経済に関する数値の読み取りは私には困難であった。

ポースト氏は第一次世界大戦から、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争まで、様々な分野で収支の分析をしている。軍産共同体が無理やりに戦争を造り出し、利益をあげているという常識は必ずしも当っていない。日頃から、国を相手に固い収益をあげているので戦争を起こすことによって得るメリットはさほど大きくはないと指摘していることは意外であった。また、戦闘機の取引や核の闇取引の価格なども紹介している。

訳者の山形氏がまとめとして「付録−事業・プロジェクトとしての戦争」を書いている。かつての戦争は植民地支配による収益があった。「かつて」とはスペインやポルトガルにとっての南米、英国にとってのインドなどの時代である。日本の植民地支配は大赤字であった。植民地支配での収益は何十年単位なので、今日では全く期待できない。また、敗戦国への賠償金請求も取れる状況にはない。戦争はそれ自体の事業収益をあげることは困難になっている。

戦争は当事国同士が大変なリスクを負う、また世界的な規模で様々な影響を与えることは避けられない。その経済的な収支分析は不明確になっている。諸々の機関が軍事作戦や計画の収支の分析を行っているが、政治的な判断を正当化するために数字が作られる場合がかなりあることを留意すべきであると忠告している。

 山形氏は更に、日本の「イラク派兵の費用と便益」について下記のように指摘している。イラク派兵880億円ほど費やした。これに対して日本の安全保障は強化されたか、国際テロは減ったか。いずれも考えにくい。テロの標的になる可能性が増えた。米国に恩を売って今後の交渉に有利になるくらいであろう、と。

 今日、戦争は国家の威信や国際的発言力を求めるものでしかなく、誰にも利益を与えないのではないか。戦争は人的被害と物質的被害をもたらす。人の悲しみと痛みはお金では換算できない。その計り知れない「人的被害」を起こさないことが最も大きな収益ではないか。