牧師室より

米原万里氏の「打ちのめされるようなすごい本」は題名通り、本当に面白かった。米原氏はゴルバチョフやエリツィンが名指しで通訳を依頼してくるほどのロシア語同時通訳者である。多くのエッセイも著している。この本は95年から06年までの全書評をまとめたものである。一日平均、7冊の本を読むというから驚くばかりである。500頁ほどの本であるが、400冊近い本の書評を書いている。職業柄、ロシア関係と女性作家の本の書評が多い。膨大な知識と知見を貯え、思索を深めた言葉に圧倒された。

興味深いことは沢山あったが、その中で気になっていたことが判明したので、その一つを紹介したい。

石原慎太郎都知事は下記のように語ったと週刊誌に載った。「松井孝典がいってるんだけど、文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババァなんだそうだ。女性が生殖能力を失っても生きているってのは無駄な罪です。男は8090でも生殖能力があるけれど、女は閉経してしまったら子供を産む力はない。そんな人間が、きんさん、ぎんさんの年まで生きてるってのは、地球にとって非常に悪しき弊害だって。なるほどとは思うけど、政治家としていえないわね。(笑い)」

米原氏は、私も同じだが、松井孝典氏がどのようにいっているのかを知りたかった。辛口の文芸評論家・斎藤美奈子氏が原点を探り、松井氏の「おばあさん仮説」を見つけていると、紹介している。それによると松井氏は下記のように書いている。「自然の状態では、哺乳動物にも、サルにも、類人猿にも、おばあさんは存在しません。どういうわけか現生人類にだけ、おばあさんが存在するのです。おばあさんがいると何が違うのか、一つはお産が安全になることです。加えて、娘が産んだ子どもの面倒をみたりする。このため、メス一個当たりの出産数が増え、群れの個体数増加につながるわけです。人口増加が起こると、ある地域に生きる人の数は決まっていますから、地域を移動する圧力になり、新天地へ散っていきます。このため、現生人類は『出アフリカ』と呼ばれるような行動をとるわけです。」

松井氏は、おばあさんが人口を増やし、アフリカから人間を世界中に広げ、文明を発展させることに寄与したと書いている。米原氏は、勝手に女性蔑視の「おばあちゃん有害論」に増幅している石原氏を権力者にすることは恥ずかしいことであり、何より危険ではないかと語っている。

松井説は納得できる。孫から電話が来る。受話器を取ると、ただ一言「悦っちゃん(おばあちゃん)に代わって」である。