牧師室より

神学校で一年先輩であった在日の申英子牧師と弁護士の熊野勝之氏の共著「闇から光へ 同化政策と闘った指紋押捺拒否裁判」が出版され、送ってくれた。指紋押捺制度は廃止されたが、日本社会の閉鎖性を打ち破る闘いは並大抵ではない。

申牧師は神学校時代、明るく健康的な女性であった。しかし、この本の短い自分史で、在日であるために味わった苦労を率直に書いている。それは、私の想像を越える。

指紋押捺裁判で証言台に立ち、思い出したくない、胸の奥につっかえていることを難産の身をふりしぼるように証言した。そして「誰かにとって正義でないような正義は正義でない」と結んだ。証言台に立ってから数年後の1994年、南アフリカ共和国のはじめての黒人大統領になったネルソン・マンデラ氏は国連総会で「私に正義でないものは全人類にとって正義でない」と演説した。申牧師は「人権、人道は時間、空間を問わず人類の最大かつ必須のことがらである」と書いている。

申牧師と横浜で再会し、交わりを持った。その時、熊野弁護士の最終弁論要旨を見せられ、心を打たれた。申牧師から感想を聞かせてほしいと言われ、書き送った。それが、この本に掲載されていたので、紹介させていただきたい。「熊野弁護士は、天皇を頂点とする八紘一宇の世界観をもって、優越と蔑みの序列化をし、すさまじい同化政策を推進した歴史を克明に論述している。その中で人間精神の屈折と病を的確に分析している。皇国臣民化という同化政策は『仮の人間』を生み出し『人間解体』をもたらす。自分自身であることを奪われた時、立脚点を失うのは当然である。ここにおける『人間解体』の実質と悲惨を見つめることが、人権論の核心であろう。同化を強いられた者はアイデンティティを喪失させられるが、同時に同化を強いた者も非人間化する。…… 熊野弁護士は、指紋押捺制度を政治的、社会的、教育的、心理的なあらゆる側面から、その違法性を論述し、最後に『幸福追求権』としての『愛する権利』の侵害であると断定している。」「愛する者」は幸いで、「差別、抑圧する者」は不幸、惨めなのである。

申牧師は大阪教区のハニルチャーチ牧師として生きる苦闘を分かち合う内容の濃い宣教をしている。また、キリスト教主義学校の講師として生徒たちの教育に携わっている。

主イエスの「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉は自分を受容(愛)しているかを問うている。今の時代、自分を愛せない病理が大きな不幸を生んでいる。申牧師は「結論としてこの十年で私が得たものは『自分の人生に恋をすること』のすばらしさです」と書いている。ご家族は今なお差別を受けている。しかし、「闇から光へ」向かって変わらない信仰と姿勢を貫いている。