牧師室より

クリスマスおめでとうございます。クリスマスはキリスト(救い主)とマス(祭・礼拝)の合成語です。ですから、キリスト礼拝という意味です。私たちは毎日曜日にキリスト礼拝を守っています。このクリスマス・キリスト礼拝は主イエスのご降誕を知らされた羊飼いたち、そして東の学者たちから始まりました。

クリスマスは神がイエスにおいて人となった奇跡です。永遠の神が時間の中に生きる人間と直接結び合う喜びの出来事です。マタイ福音書はこの喜びを「マリアの胎の子は聖霊によって宿った」と告げ、ルカ福音書はおとめマリアから生まれたと伝え、ヨハネ福音書は「言(キリスト)は肉となって、わたしたちの間に宿られた」と記しています。これらは、神が人となった奇跡を証言した言葉です。そして、聖書は一貫して人となったイエスを神の子・キリストとして信じるように勧めています。

古代教会は「イエス」は誰であるかについて議論を重ねました。イエスは「神」であると主張した人がいました。また、逆にイエスは「人」であると主張する人もいました。この二つの考えは論理的には整合性があります。ところが、教会はイエスは「まことの神」であり、同時に「まことの人」であると告白しました。イエスには神と人が矛盾なく同居している。ですから、イエス・(中黒、同質)キリストと書くのです。

イエスにおける「神・人」の共生が時間の中に生きている人間に永遠の神と結び合う奇跡を約束したのです。マタイ福音書はこの奇跡を「インマヌエル・神は我々と共におられる」、ルカ福音書は「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」と告げ、ヨハネ福音書は「神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである」と記しています。

神が人となられたことによって、私たちの現実の生がどんなに破れていようとも神に結び合わされ、日々の一挙一動が虚無に流される不確かなものではなく、永遠に関わる意味を持つものにされたのです。この救いを成就してくださった主イエスのご降誕がクリスマスです。