牧師室よ

小井沼真樹子牧師が説教してくださった。真樹子師は夫の國光師と共にサンパウロ福音教会で10年間、宣教に励み、またお年寄りの憩いの場「シャローム」を立ち上げ、素晴らしい働きをしてこられた。

説教は、物乞いをしていた盲人のバルティマイが主イエスによって癒された奇跡から話された。盲人の物乞いは神から捨てられた罪人として、社会から完全に締め出されていた。彼は主イエスが来られたことを知り、道端から大声で「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫んだ。多くの人たちは、罪人の彼を黙らせようと叱りつけた。ところが、主イエスは立ち止まり「あの男を呼んで来なさい」と、時代の価値観に逆らって、苦しむ彼に心を寄せられた。招かれた彼は躍り上がって近づく。「何をしてほしのか」という問いかけに即座に「先生(ラボニ)、目が見えるようになりたいのです」と応じる。主イエスが「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」と宣言されると、彼の目は見えるようになった。そして、主イエスに従った。

マルコ福音書の著者は、主イエスに現された終末的啓示を告げ、また権威主義的になっていた当時の教会を批判し、見捨てられた者を救う神の真実を伝えている。

真樹子師は、駐在員の妻としてブラジルに行った時、助けを求める貧しい人々の声に応答できない自分に「キリスト者である」と自負してきたことに大きな疑問を持った。

夫婦で献身して、サンパウロ福音教会に赴任し、色々な人々との出会いを経験した。殊に、キリスト教基礎共同体の人々との出会いから信仰の本質を示された。彼らは@持たない(経済的)A知らない(教育的)Bできない(政治的)C存在しない(社会的)の「四ない」の奇跡の民と言われていた。しかし、「わたしはある」という方を知り信じ、その方によって「存在する者」とされている。彼らの礼拝は喜びに満ち、共に生きようと燃えている。

グロバリゼーションの名のもとに貧富の格差が増大している。その中で、先進国の豊かな教会はバルティマイにしたように「黙らせ、締め出す」ことをしてはいないか。道端から叫ぶ声を聞き、立ち止まって応えられた主イエスに従いたい。そして、時を得て、後10年ブラジルの教会との関係を深めたいと結ばれた。

午後4時から「ブラジル宣教報告会」を持ち、ご夫妻に感謝を表した。國光師が出席できなかったことは残念であった。「小井沼宣教師夫妻と共に歩む会」は解散するが、ご夫妻の働きを繋げていこうとの熱い話が続いた。そして「ラテンアメリカキリスト教ネット(仮称)」の準備会がスタートしたと報告された。