牧師室より

塩野七生氏の「ローマ人の物語」は67巻までは読んだが、途中で息切れして止めてしまった。14巻は「キリストの勝利」というので、読んでみたいと思った。

コンスタンティヌス帝は313年にミラノの勅令を出し、キリスト教を公に認めた。ミラノの勅令は「キリスト教徒にもいかなる宗教を奉ずる人にも、各人が良しとする神を信仰する権利を完全に認めることである」と全ての人に信仰の自由を認めた勅令であった。キリスト者はこれを喜び、コンスタンティヌス帝を「大帝」と呼んだ。息子のコンスタンティウス帝はキリスト教を擁護し、非課税などの様々な特典を与えたので、他宗教に圧迫を与えることになった。次のユリアヌス帝は哲学を修めた知的な皇帝で、彼はミラノの勅令まで戻し、キリスト教を他宗教と同列に扱った。

ユリアヌス帝の戦死10年後、非キリスト者であったアンブロシウスは推されて、8日目にミラノの司教に任命された。実務家のアンブロシウス司教は、三位一体を受け入れないアリウス派を「異端」とし、徹底的に弾圧した。時のテオドシウス帝は洗礼を受け、キリスト者になった。塩野氏は「いったんキリスト教徒になれば、皇帝といえども一匹の羊にすぎない。『羊』と『羊飼い』では、勝負は明らかであったのだ」と解説する。テオドシウス帝はアンブロシウス司教の教え通り、ローマの諸偶像を「異教」として破壊し、他宗教者を弾圧し続けた。圧巻は、テオドシウス帝がローマの元老院議場で「ローマ人の宗教として、あなた方は、ユピテル(ジュピター)を良しとするか、それともキリストを良しとするかと」と迫ったシーンである。議員たちはテオドシウス帝が求める「キリスト」と回答をするしかなかった。これが388年で、一人の司教によってキリスト教の国教化は完成したということになる。

このような状況から、塩野氏は、「一神教とは、自分が信じているのは正しい教えであるから、他の人もそれを信ずるべき、とする考えに立つ。反対に多神教は、自分は信じていないが、信じている人がいる以上、自分もその人が信じる教えの存在理由は認める、とする考え方である」と言う。

 私たちは今日、戦争を起こす原因とも言われている、一神教の独善性、排他性への問いかけに誠実に答えなければならない。一神教は、私にとって神は絶対であると信じる信仰である。この信仰は神だけが絶対であって、私は地にある「ただの人」という告白である。ここに他者との共生が開ける。この共生の真実さを証するのが私たちの宣教である。キリスト者は真理(神)を自分の内に持っているのではない。個々人の命を絶対的に是認し、「共に生きよ」と言われる神を指さし、この方に従おうとするのである。