◇牧師室より◇

今日は私たちの教会の創立25周年記念日で、先週の24日(金)は日本基督教団創立記念日であった。1941年、プロテスタント諸教派が合同し成立した。教派を解消して一つの教会になろうとする機運があったことは事実である。しかし、政府の要請による教団合同を信仰の放棄であると見抜いた人々もいた。当時の教団の正式文書を読む限り、キリスト教の上に「皇国史観」を乗せた信仰であった。天皇を現人神とした「八紘一宇」の戦争遂行にまっしぐらに協力した。更に、教団統理は自ら神社参拝をし、アジア諸国のクリスチャンにも神社参拝を強要した。もちろん戦争中、各個教会では苦しい戦いをした教会もある。ホーリネス教会の牧師で「天皇問題」で殉教した方々もおられる。教団はそのホーリネス教会を「正当なキリスト教」でないと排除した。

 敗戦後の第1回教団常議委員会で、谷口茂寿氏は教団統理と役職員に対し「戦争責任ヲ如何二考エルヤ」と問うた。統理は「余ハ特二戦争責任者ナリトハ思ハズ、サレド責任ヲ感ジテ辞職スベキトセバ今辞職スルハ軽キ事ナリ。タダ重要責務山積セル今日直チニ辞職スルハ反ツテ無責任ナリ」と答えている。米国の施政権下に置かれた沖縄の教会も見捨てた。戦後の教団は米国のキリスト教ブームに乗っかり、流行を謳歌した。苦々しく思う人がいたに違いない。

 日本基督教団信仰告白は、ここ50年間の教団を支えてきた。しかし、告白教会として、第二の信仰告白が求められている。現在の信仰告白は教団の負の歴史が告白されていない、また教会が世に対し、どのような関わりと責任を担うのか、更に信仰の喜びも表明されていない。教理を文字面で整えたものとしか思えない。

文字上を見ても「聖書は、神の霊感によりて成り(中略)信仰と生活の誤りなき規範なり」とある。「聖書は神の言葉である」と上から問答無用に語られている。これでは、教団の信仰は神秘主義と原理主義なのかと疑われてしまう。

聖書をよく知って、キリスト教の歴史や教会について厳しい見方がされている。教会の伝統や権威を押しつける宣教は「問いかけ」を封じ込めてしまう。教会の拡大のみを目的としたり、自己満足的な信仰では信頼を得ることはできない。愛を貫き、十字架で死んで復活された主イエスは、時代の諸問題をどのように考え、どのように担われるかを真摯に問う中でのみ責任ある宣教ができよう。