牧師室より

 2001年の「平和聖日」にS姉を説教と講演にお招きした。S姉は「女性国際戦犯法廷(以下−法廷)」の事務局長をされた方である。「法廷」は法的拘束力のない民間法廷であるが、開催できたことの歴史的意味を力説された。性奴隷に従事させられた女性たちの声が公になり、旧日本兵の証言もなされた。彼女たちは旧日本兵たちの謝罪と天皇などの有罪判決を聞き、少なからずトラウマが癒された。教会に「法廷」国際実行委員会の作った「沈黙の歴史を破って−法廷の記録」というビデオがある。

 NHKは2001年に「戦争をどう裁くか」というシリーズ番組で「法廷」を素材にして放映した。私も観た。放映後、すぐに「法廷」の実態を伝えてないと「法廷」を企画、実行した方々から訴訟が起こった。4年経った最近、朝日新聞は政治的圧力によって番組内容の変更を強いられたとスクープした。

安倍晋三・現自民党幹事長代理と中川昭一・現経済産業大臣が、放映前にNHKの幹部を呼んで「偏った内容だ」と指摘したという。安倍、中川の両氏は「公正を求めただけである」と言い、中川氏は当初は放映前にNHK幹部と面会したと認めていたが、面会したのは放映後だと訂正している。NHKは従軍慰安婦の証言や旧日本兵の加害証言などをカットし、また「法廷」に批判的立場の人のコメントを加え、4分短縮して放映した。NHK側は政治的介入はなく、報道の自主性をもって変更した説明としている。

朝日新聞の取材に対し、NHK幹部の一人は「安倍、中川両氏に『一方的な報道はするな』と言われた。圧力と感じた。呼び出しに応じなかったら、本当に番組はつぶされていただろう」と証言したと報道している。その幹部と思われる人が朝日新聞の報道を否定している。

「法廷」番組の担当デスクであった長井暁氏は涙ながらに実名会見をした。NHKには「コンプライアンス(法令順守)通報制度」という放送法などの違反を通報できる内部告発制度がある。長井氏はこれに訴え、調査を求めていたが、何の聞き取り調査もなされていない。意を決して実名会見を行なったようだ。

長井氏は「この4年間悩んできた。しかし、やはり真実を述べる義務があると決断するに至りました」、また「海老沢会長はすべて了承していた。国会議員に会ったことなど具体的な中身を逐一、書面で報告していた」と語っている。どちらの言い分が正しいのかは分からない。

政治的な圧力であれ、自主的な規制であれ、訴えたい声を塞ぎ込むNHKはジャーナリズムとしては信頼できない。この件の決着が今後の報道のあり方の分岐点になるだろう。