牧師室より

李恩成氏が著した未完の「小説・東医宝鑑」は韓国で300万部のベストセラーを記録した。この本を朴菖 熙氏が「許浚(ホジュン)」と題して翻訳、出版している。

主人公の許浚は16世紀、漢方医として研鑚し、東医宝鑑を編纂した実在の人物である。師と仰ぐ柳義泰から「医者のうち、その第一を心医と称する。心医とは、相対する人を常に心を安らかにさせる人格の持ち主である。その医者の目の色に見入っているだけで、病人は心の安らぎを感じる、病人を真心からいたわる心がけがあって初めてその境地に達しうる医者、それが心医なのだ」と教えられる。柳義泰は胃癌であることを知り自死して、許浚に遺体解剖をさせ内臓構造を学ばせる。許浚は柳義泰の教えと愛に応え、栄達や金品に関わりなく素晴らしい医者に成長していく。難関の王宮医者になるが、奢ることなく医学に没頭し、現代にも通用するという「東医宝鑑」を苦労の末、完成させる。

流行り病が広がって打つ手がない時、許浚は「朝鮮の地で病に苦しむ人々よ、この愚かしい許浚を許してくだされ」とうめく。このうめきが医学への激しくたゆまない努力と、貧しい者への無報酬の治療に向かわせた謙虚の源であろう。

弟子に自死した体を与え、解剖して学べと命じる師の思いは自分の指を噛み病人に血を与える行為に繋がっている。また、豊臣秀吉の朝鮮出兵の折、戦火に包まれながら命がけで病人のカルテを守り抜く。

訳者の朴氏は「あとがき」で次のように書いている。「最も私の胸中深く突き刺さってきたのは、朝鮮人の醜さとひ弱さ、汚辱にまみれている『自画像』が描き出されていることだった。私自身を含めて隣近所にざらに存在する同胞の生の姿であり、性であった。私は思わず顔を赤らめ、恥ずかしい思いがするのを自分でどうすることもできなかった。しかし、同時に、小説は、至善至高を志向し、言葉につくせない凄惨な状況においても凛々しく生きていく同胞の姿や性をも描き出していた。」確かに、朝鮮社会の厳しい身分制度が新たな差別と憎しみを生み出し、貧困を深めている事情や、王宮における医者同士の栄達への醜悪な戦いも描かれている。しかし、これは今の私たち自身の社会でも同じである。私は、後半で述べている「凄惨な状況においても凛々しく生きて」いる許浚の苦しむ者への愛、また医学へのひたすらな献身に圧倒され「人間って、素晴らしい」と感動した。