◇牧師室から◇

 辛淑玉(シン・スゴ)氏の「鬼哭啾啾 『楽園』に帰還した私の家族」に圧倒された。鬼哭啾啾とは「浮かばれぬ亡霊が恨めしさに泣き、その泣き声にものすごい気迫がある」ことを形容する言葉である。辛氏は「国家に翻弄された拉致家族の気持ちを一番理解できるのは、在日朝鮮人でないか」と書いている。拉致家族の悲しみと怒りに心を寄せ、壮絶な個人・家族史を著したのではないか。

 1945年の敗戦時に、日本に朝鮮人が200万人いた。内130万人が帰国した。帰国できなかった70万人が「在日」になった。彼らは外国人と見なされ、国から何の保護も受けられなかった。保護どころか激しい差別に苦しみ生活は困窮を極めた。更に、米ソ冷戦構造によって、北朝鮮と韓国に分断された。在日は北朝鮮系の「総連」と韓国系の「民団」に分かれ、両者の確執問題も起こった。生活できない在日は、北朝鮮を「楽園」とするキャンペーンに踊らされ、また祖国への帰還は人道的であると支援され、10万人ほどが帰っていった。しかし、北朝鮮は日本の植民地支配で収奪され、また朝鮮戦争によって疲弊し切っていた。金父子の独裁体制の元で「楽園」どころか、何百万人もが餓死した。辛氏の叔父も帰還したが、「助けてくれ」という血の叫びの中で亡くなった。また、北朝鮮から中国に逃れた悲惨な難民たちのインタビューも記している。

 辛氏は「非常な犠牲を強いられた拉致被害者も、日本の植民地支配に運命の変転を余儀なくされた在日朝鮮人も、とてつもない統制に押し込められている北朝鮮の民衆も、そして飢えて難民となった在日帰国者も、みな、国家暴力の被害者である」と言う。そして、国家犯罪の糾弾は国家や民族を越えて行なわれるべきで、被害者の現状を回復し、加害者を特定して処罰し、再発の防止を強く主張している。

 国家権力を暴力装置にさせないことが何より大切で、私たち国民にその責任がある。