◇牧師室より◇

 ルポライターの瀧井宏臣氏が、表情が乏しく泣いたり笑ったりしないサイレント・ベビーが増えていると報告している。その理由は @出産直後に母子関係を引き離すためボンディング(絆)不足 A母子のスキンシップの減少 B育児技術や知識の世代間継承の断絶 Cアルコール依存症や鬱など母親の病気の四点をあげている。出産直後から幼児期の母子関係の濃密さが子供の確かな成長を促すと力説している。

 父親の育児休暇は意味がある。豊かな父子関係が培われていくだろう。しかし、胸毛ザラザラの父親より、柔らかい母親の胸の方が赤ちゃんは嬉しく安心できるのではないか。

 雑誌「福音と世界」で、柳内やすこ氏の「母の手」という詩を知った。「私の子供たちが幼かった頃/私の手は魔法の手だった/彼らはお腹が痛くなると私の手を求め/衣服の上から/優しくそして根気強く私が触れると/いつのまにか治ってしまうことが多かった/それはただ冷えた体を温めたにすぎなかっただろうか/大人の手は幼児の腹部に熱を与えるのに充分な大きさだった?/けれども手は私の手でなければならなかった/世界中で他の誰の手でもなく/私の手に彼らを癒す力があるのだと/無心に彼らが信じ私も信じることができたので/それで力は科学を超えて/確かに働いていたのではないかと思う/私の子供たちが幼かった頃/私の手は特別の手であり/足であり胸であった/そして目であり/声でありにおいであった/」

 これは真実である。詩は続いている。「いつからか/魔法の力をなくしてしまった私の手/子供たちはすでに青年となり/その眼差しは専ら社会の方に向けられているが/巣立つ前に/私は私の普通の手で彼らの輝かしく困難でもある将来のために/伝えておく無言のメッセージをそっと家の中にちりばめたい/苦労もあるが/かけがえのない愉しみを与えてくれる子供たちに/ありがとうの気持ちを込めて/」

 母の手は魔法の手で、触れるだけで癒される。子供が巣立つとその手は忘れられる。しかし、忘れられても、母の喜びは残るという。この幸いな手を大いに誇り活用すれば、子供は健やかに育つ。

 神の祝福と癒しの右手は私たちに触れられている。その神の手は短か過ぎるとしばしば思われるが。