◇牧師室より◇

 ハーバード・ビックスの「昭和天皇」が出版された。ジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」にも感嘆したが、米国人学者の日本理解の深さに圧倒された。帯紙に「君主としての人間形成過程を克明に描く 初めて解明された昭和天皇像」と紹介されている。昭和天皇は生まれてすぐに親元から離れ特別扱いされ、徹底した天皇制イデオロギーを教え込まれている。神的カリスマ性を具現した明治天皇と彼に殉死した乃木大将を範とする幼年時代を過ごし、大元帥になるための軍事教育を受け、神格化された天皇へと変貌していく。隔離されて、特殊な帝王学を身につけた天皇に、庶民の悲しみや辛さなど、到底理解できないだろう。

 この昭和天皇の下でアジア太平洋(15年)戦争が行なわれ、三千万人近いアジア人、三百十万の日本人、六万人以上の連合国の人命が奪われた。戦後当然、天皇の戦争責任が問題になった。天皇と日本側は、1936年の226事件と1945年の敗戦時に天皇が直接関わったが、政治には距離を置き政策決定には関与していない、天皇は平和主義者であると力説、演出した。米国のマッカーサー司令官は日本統治を容易にするため天皇を利用しようと、天皇の戦争責任を不問にした。

 ところがビックスは、激動の昭和史の出来事とその資料を紐解く中で、天皇の深い関与を解明し、その外観を次のように書いている。「彼が何をしたかと同時に、何をしなかったかという点にも注意する必要がある。その治世の初めの22年間、天皇は高度に影響力を発揮し、どんな分野の行動にも無力だったためしはまずない。…… 1937年の末以降、天皇は中国に対する戦争計画、戦略、作戦指揮に関与し、将軍と提督の任命や昇任に関わり、しだいに真の戦争指導者になっていった。従来より、効率的な政策決定の機構が登場した1940年の後半からは、政策決定の各段階で重要な役割を果たすようになり、それは194112月の対米英開戦のときに頂点に達した。」

 ビックスの解明は納得できる。この事実を隠蔽して歩み始めた戦後の民主主義は当然のことのように空洞化をもたらした。責任の所在を明確にできない社会は強者の自己正当化と保全のため、歴史を捻じ曲げ、同じ過ちを繰り返していく。米国のイラク攻撃に追従している日本政府はこの過ちを繰り返そうとしているのではないか。