◇牧師室より◇

 ユダヤ系米国人のノーム・チョムスキーは「911」以後、ブッシュ政権の政策に対し徹底した批判を展開している。「ブッシュの大好きな聖書を見るがいい。偽善者とは、他人に対して自分が適応する基準を、自分自身に対しては適応しない人間のことだ(マタイ72−5)とあるではないか」と痛烈である。

 「チョムスキー、世界を語る」が翻訳出版された。1999年にインタビューしたもので、知識人、権力、グローバリゼーション、メディアの虚構性、欺瞞性を縦横に語っている。国家権力と多国籍大企業が癒着し、巧みなメディア操作によって民衆を分断、支配している世界像を描き出している。そのチョムスキーの思想を象徴するような事件をご自身も解説者も繰り返し書いている。

 1978年、フランスのリヨン大学のロベール・フォリソン教授が、ナチス強制収容所の「ガス室」はユダヤ主義者の宣伝工作であって実在しなかった、と主張した。これは「歴史修正主義」、「ガス室否定論」と言われる過去の事実への意図的な歪曲である。日本でも「南京虐殺否定論」、人体実験や毒ガス製造を実施した「731部隊否定論」などがある。フランスでは民族差別的言辞を取り締まる「ゲイソ法」があり、フォリソンは免職になった。

 チョムスキーは知人に頼まれて、フォリソンの基本的人権の保護を求める請願書に署名した。もちろん、フォリソンの主張に賛同したのではなく、言論の自由を擁護するという趣旨で署名した。これが、チョムスキーが「絶対自由主義者」と言われる理由であろう。自分とは反対意見であっても、その人の発言の自由はあくまで認める。言論の自由が確保されるところに、少数者の声を伝える道が開かれるからである。

 ところが、フランスのある人々はチョムスキーの署名をフォリソンの特異な見解に同意したとみなした。チョムスキーは言論の自由の擁護に関する文章を書き、新聞や雑誌に掲載した。すると、この論文をフォリソンは自分の著書の序文に利用し、チョムスキーを味方につけて自らを正当化した。

 言論の自由は真実を極めていく強力な武器であるが、同時に危ういものでもある。主イエスは「真理はあなたたちを自由にする」と語られた。ナチスはこれを「労働は自由にする」と言い換えて、アウシュヴィッツの門に掲げ、ユダヤ人を強制労働からガス室に追いやった。自由な言葉も使う人と使い方によって人を生かしもし、殺しもする。