◇牧師室より◇

 戦後、60余万の日本兵がシベリヤに抑留され、飢えと寒さの中で強制労働に苦しんだ。その中から969人が、中国の撫順戦犯管理所に連れ戻された。中国は「戦犯といえども人間である」との立場で、驚くほどの人道的措置を取った。中国人が食べられない時、白米飯を食べさせ、病気にも手厚い看護をした。家族を虐殺された中国人は怒りをこらえながら世話をしたという。戦犯たちは日本軍国主義と天皇制の実態を学んだ。始めは反抗的であり、上官・天皇の命令であると言い逃れていた。しかし、この管理所で「撫順の奇跡」と言われる体験をした。中国で犯した罪業を全て告白し、涙ながらに謝罪した。理不尽に扱われた中国人の苦しみと悲しみを自分のこととして受け取る「人間の心」を取り戻したのである。ここには、想像を絶する苦悩があったであろう。判決を受けたが、刑期は大幅に軽減され帰国した。中国の「罪を憎んで人を憎まず」の「太陽政策」がファシズムのマントを脱がせたのである。

 キリスト教は悔い改めの宗教であるが、悔い改めは裁きではなく、赦しが生み出す。赦しという福音が人間回復を約束し、もたらす。

 帰国した彼らは中国帰還者連合会(以下−中帰連)を組織した。中国共産党に洗脳された者たちと言われながら、三光作戦(殺し尽くし、焼き尽くし、奪い尽くし)の実態を証言し、戦争反対と日中友好を訴え続けた。余りに衝撃的な証言であったため、反発、非難、そして偽証であると否定もされた。私は中帰連が出している定期刊行物「戦争の真実を語り継ぐ」を読み、集会にも出席したことがある。精神医学者・野田正彰氏は中帰連の方々から聞き取り、心理的、社会的に分析した「戦争と罪責」を著している。心打たれる圧巻の書物である。戦争は人を鬼に変える。鬼になっていく自分と蛮行を重ねた自分を証言することに、どれほどの勇気と意志がいるだろうか。女性国際戦犯法廷で、最も証言しにくい「強姦」について証言したのも中帰連の方々である。戦争加害者としての深い自覚が自分を捨てて平和への強い願いを生み出している。

「新しい教科書をつくる会」の歴史を歪曲し、戦争を賛美する風潮が起こった時、中帰連の戦争反対のボルテージは更に上がった。しかし、中帰連の方々は高齢になり、亡くなる方も多く、解散を余儀なくされた。ところが、「撫順の奇跡を受け継ぐ会」が結成され、全国に広がっている。私は「受け継ぐ会」の会員の一人に加わっている。事実に直面する勇気と良心を学び、平和を求める者でありたいと思っている。