◇牧師室より◇

  「ブラック・イズ・ビューティフル」という言葉は黒人たちの自信回復と公民権獲得に大きな力になった。E・F・シューマッハーは「もっと多く、もっと早く、もっと豊かに」を合言葉にした経済至上主義や科学技術信仰を批判し「スモール・イズ・ビューティフル」と言った。明治学院大学助教授の辻信一氏は「スロー・イズ・ビューティフル」という本を著した。本の題名から分かるように「スピードを落とすな、もっと速く」と効率、迅速を追求する現代に対し、「スロー文化」を提唱している。辻氏は文化人類学を専攻しているので、世界の人々、動物、物を見て触れて、そこから多様な事例を報告し、大変興味深かった。

 二酸化炭素の排出の速すぎるスピードが同化吸収を行う地球のスローなペースを上回って、温暖化は急速に進んでいる。森は気温の変化で1年間に最長50メートルまで移動することができる。30年間に1℃上昇すると1年間に5キロメートルもの移動を要求することになる。自然はスローなのである。米国人の一人当たりのエネルギー消費量はバングラデシュ人の168人分に当たる。地球上の人間がみんな北米人のライフスタイルをすると、地球が4個も必要になるという。地球は貧しい生活を強いられている人々によって辛うじて守られている。

 「ファースト・フード」はグローバル化し、巨大産業になっている。この産業がカロリー過剰で肥満に苦しむ人々を生み出し、飢餓や食料不足に苦しむ人々と同数になっている。「スローフード」が「スローライフ」をもたらすと力説している。

 忙しい生活をしていることは社会的に有用な人間であることの表明となろう。しかし辻氏は、その多忙さは将来の目的のために「今」を捨て去ってはいないか。明日の豊かさのために、子供たちは良い学校を目指して塾に通い、大人たちは老後に備えて猛烈に働く。今を喜び、今を充実して生きるところに真に豊かな文化が生まれると語る。

 そして、「スローラブ」を説く。ルーマニアで効率的に子供を社会化する集団教育が行われた。3分の1の子供が死んだという。人は愛のないところでは生きられない。その愛は遅さが本質的であって、時間の省略や効率化は内実を失わせる。煩わしいと思う事柄に、ゆっくり時間をかけて関係を持ち続けることが「今」を生きる「愛」となる。

 長田弘氏の「人生の短さとゆたかさ」よりの詩で締めくくっている。「なぜわれわれは、じぶんのでない 人生を忙しく生きなければならないか? ゆっくりと生きなくてはいけない。空が言った。木が言った。風も言った」。気が長く、スローペースな私には「我が意を得たり」の本であった。ん?